Software Design 連載 第1回 活動の発端とこれから

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2011年11月号の転載です。

記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

 

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第1回

活動の発端とこれから

Hack For Japanスタッフ

高橋憲一  TAKAHASHI Kenichi

Twitter @ken1_taka

3月11日 そのとき

2011 年 3 月 11 日、皆さんはどこで何をされていたでしょうか。筆者は新宿にある勤務先のオフィスにいました。なかなか収まらない揺れの中、その日休んでいた隣の席の同僚のモニタが倒れそうになるのを必死に押さえていたことを覚えています。結局その日のうちには自宅に帰ることができず夜になり、なかなか眠れないオフィスの中で、次第に明らかになる東北の被害状況を見て、仙台には妻の実家があり、自分自身も 10 年ほど住んでいたということもあって気が気でない状況にありました。

ITの力

そのころ、Google からは Person Finder 注1 という サービスが迅速にリリースされ、それにより親戚、 知人の安否を確認できた方も多いと思います。実際、筆者も石巻にいる知人の無事をこのサービスを通じて知ることができました。また、現在 Hack For Japan のスタッフでもある関治之さんらにより sinsai.info というクライシスマッピングサイトも震災直後に立ち上げられました。  このようなことを見るにつけ、ソフトウェアエンジニアである自分も I T の力で何か役に立てないかという想いを持ち始めました。「自分にも何かできないか」こう思った方は少なくなかったのではないでしょうか。

もちろん IT の力は決して万能ではありません。そもそも震災直後に被災地では携帯はつながらず、電力の回復にも時間がかかっていました。しかし「できる人ができることをやる」、そんな連鎖がおもに Twitter を中心に広がりを見せていったのも事実です。紙による情報共有が中心となっていた避難所からは写真を撮ってネット上にアップし、それを見 た被災地以外の人が入力してデジタル化することで Person Finder で情報が検索可能になる、といったことはその一例です。

Hack For Japan とは

 Hack For Japan とは、震災からの復興を継続的に支援するための、IT 開発を支えるコミュニティです。開発者の力を結集したい。復興に少しでも実際 に役立つアイデアを集めたい。開発者のそうした取り組みを少しでも多くの人々に知ってもらい、サー ビスを利用してもらいたい。Hack For Japan は、IT 業界の有志により、そうした想いをかたちにするべく立ち上げられました。
 図1 のように、アイデア立案→開発→リリースとPRという流れをサポートし、震災復興支援アプリが数多く生み出される土壌を育むコミュニティを醸成すべく活動を続けています。
図1 Hack For Japan の全体像
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コードでつなぐ。想いと想い
「コードでつなぐ。想いと想い」
 これは、Hack For Japan のキャッチコピーです。 『開発者の「何かしたい想い」と被災者の「切実な想い」をつなぐ場を訴求する』ということを表すために40案くらいの中から選ばれたものです。
“Hack”という言葉を使う葛藤
 Hack という言葉を使うことにはいろいろと議論がありました。本誌の読者の皆さんにはそのようなイメージはないと思うのですが、“ハッカー=悪いことをする人” というイメージが一般的にはあることは確かです。しかし、あえて Hack という言葉を使い続けることでそういう悪いイメージを払拭したい、そんな思いがあります。ある新聞の記事では「善玉ハッカー」という表現を使っていただきました。新聞という多くの皆さんの目にとまる場所でそのように取り上げていただいたことで、ハッカーは悪い人のことではないというこ とを少しは訴えることができたのではないかと思っています。
はじまり
 震災発生からまだ1週間と経たないころ、Googleの及川卓也さんの「一気に短期間でモノを創り上げ てしまう開発者合宿として定着しつつあるハッカソンを今こそ開催すべきである」という声がけで、会社の枠を越えて人が集結し始めました。ここでもTwitterが情報を拡散し、人を集めるのに役立っています(筆者もTwitterがきっかけで加わった1人です)。
 そして、3 月 19 日、20 日、21 日に最初のアイデアソン、ハッカソンが行われました。この当時は東京でも交通機関の乱れや余震も多かったこともあり、オンラインを主会場にして、京都、福岡、岡山、徳島の西日本の 4 ヵ所ではオフラインの会場も用意して行われました。オンラインでは多数の方に参加いただき、Google Moderator、Google Waveなどのツールを使ってアイデア出しとディスカッションが行われ、オフラインの 4 会場では 100 人近い参加者を集め、多くのプロジェクトが発足しました。
活動の継続
 最初のハッカソンのイベント終了後、震災からの復興にはこの先年単位での長い時間がかかる、我々の活動もこの 1 回限りのイベントで終わらせることなく継続していきたい、まずは 1 年続けてみようということを確認しました。それは 1 年やって終わりということではなく、活動のあり方を見直す意味での“まずは 1 年”という期間と考えて走り出しまし た。
被災地の訪問
 被災地を見ずして本当の復興支援はできないという思いから、「まだ IT の出番じゃない」と言われるのを覚悟のうえでスタッフの何名かは 4 月の上旬に仙台、石巻を訪れました。IT による支援の難しさを感じつつも、話を聞いてみると IT で解決できそうなところはいくつか見つかりました。また、仙台の IT 企業やコミュニティの方々とのつながりを持つこともでき、その後の現地でのハッカソン開催へとつながっていきます。
Hack For Fukushimaミーティング
 4 月 23 日には、会津若松市にある会津大学を会場に「Hack For Fukushima」というミーティングを行いました。ここではハッカソンではなくディスカッションをするためのミーティングという形式をとり、福島以外にも、山形や仙台、さらには関東や関西からもたくさんの方に集まっていただきました。
 ここでは大きく分けて 2 つの議題があがりました。1 つは風評被害も含めた放射線の問題、そしてもう 1 つは雇用の問題でした。放射線の問題では「正しい数値を知りたい」という強い思いから、自分たちでガイガーカウンタを作成し、Android デバイスとの連携ができるようなものにしていくというプロジェクトの芽がこのときに出始めていました。そして、このミーティングの最後では「会津でもハッカソンを行う」という合意を確認しました。
現地でのハッカソン
 東北新幹線も仙台までの便が復活して復興への狼煙(のろし)が上がり始めたとも言える 5 月、21 日と 22 日に仙台、会津、東京、そして高松とロンドンも含めた 5 会場にて、Hack For Japan として第 2 回目となるアイデアソンとハッカソンが行われました。アイデアソンでは現地の情報を各会場の参加者で共有するために、ustream を使ってのプレゼンの中継も行いました。仙台では東北デベロッパーズコミュニ ティ、会津では会津大学の協力を得て開催することができました(写真 1)。
 その後 7 月には 23 日にアイデアソン、1 週おいた 30 日にハッカソンを仙台、会津、東京に加えて、 岩手の遠野でも開催しました。遠野会場のみ 23 日 と 24 日と連続でアイデアソンとハッカソンを行い、沿岸部にボランティア活動に出かける皆さんの中継基地的な役割を担っている「遠野まごころネット」の協力で、実際にボランティア活動を行っている皆さんと同じ場所にスタッフも宿泊して開催しました。避難所から仮設住宅へと移る中で、コミュニティの形成と情報へのアクセスの問題の解決を目指して、仮設住宅のネットカフェのプロジェクトなどがスタートしています。
写真1 5月の仙台会場
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アイデアソン、ハッカソンとは

 本誌の読者の皆さんならご存じかもしれませんが、ここでアイデアソンとハッカソンについて説明しておきたいと思います。
アイデアソン
 アイデアソン (Ideathon) は Idea と Marathon を合わせた造語です。後述のハッカソンのように、テーマを定めたうえでチームごとにアイデアを出し合い、それをまとめていくハンズオン形式のセミナーとなります注2 。ここではスケッチブックや付箋紙、マジックペンなどのアナログな道具を用いて議論を進めていきます。
ハッカソン
 ハッカソン (Hackathon:HackとMarathonを合成した造語) は、同じテーマに興味を持ったデベロッパーが集まり、互いに協力してコーディングを行うイベントです注2
 ただし、Hack For Japan でのアイデアソン、ハッカソンは必ずしもエンジニアに限らず、デザイナー、ボランティア活動をされている方など、復興支援にアイデアをお持ちの方、何かできないかと考えている皆さんに広く参加していただけるようにしています。

T シャツの制作

 活動の旗印として T シャツも作りました(写真 2)。背中に刻まれたコードは、
while (Japan.recovering) {
    we.hack();
}
 これは「日本が復興するまで、ハックし続ける」想いをプログラムコードで表現したものです。このコードはスタッフのメーリングリストでさまざまな案が出ました。そこはエンジニアが多数を占めるスタッフ達、言語やコーディングスタイルにも好みというかこだわりがあるようで、本当にさまざまな案が出ました。we.hack(); の部分の最初の案では we.hack と なっており、それではプロパティ値の参照に受け取 られる可能性があるので () を付けて we.hack() に しようということに落ち着きました。ループの書き方では、 until (japan > 311) とか until (Japan == recovered) 、いや until だ と「復旧したらおしまい」という印象が出るから whileにしよう! until から while に変えるな ら、評価式は (japan != recovered) となり、NOT が入るのはイメージが良くない、 (Japan.recovering) とすると良いのではないか……等々、 さらには黒バックに緑文字で往年のターミナル風にしたいなどのデザインも含め、本当にさまざまな案が出ました。改めて当時のメールのスレッドを追いかけると、このスタイルに落ち着くまで 20 通を超えるやり取りが続いていました。
 現在は第 2 弾のデザインで販売を継続しており、長袖の T シャツも追加されていますのでこれからの季節にも活用していただけると思います。https://hack4.jp のサイトから「CHARITY T-SHRITS」のバナーをクリックしてぜひともご協力ください。この T シャツの販売によって得られた収益は「I Tで日本を元気に!」注3を通して被災地に寄付させていただきます。
写真2 Hack For Japan Tシャツ
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そして、これから

 この記事を書いているとき、ちょうど 3 月 11 日 の震災発生から半年が経過しました。時間の経過とともに被災地の状況も変化していきます。まずは 1 年継続してみようと始めた Hack For Japan もその状況とずれることなく自分たちの活動を見直していく必要があると考えています。今までは「継続することが大切」ということを第一に考えてきましたが、しっかりと役立つものを作って届けるため、
「本当に被災地や被災者に役立つ成果を送り出せた のか。役に立つべきプロジェクトは継続しているの か。いや、そもそもそれは現場の人々に求められる ようなものだったのか」
という観点で活動の方向を見直し、オンライン、オフラインでの議論を行いました。その第一歩として、レビュー強化のために現在活動中のプロジェクトを見直すイベント「プロジェクト ディスカッション」を行うことになりました。開催は 9 月 27 日ですので、本誌が発売されるころにはHack For Japan のブログ (blog.hack4.jp) などでその報告もできているかと思います。人間の記憶というものは時間の経過とともに薄れていきますが、復興にはまだまだ時間がかかります。今回の震災のことを他人事とせず風化させないようにしていくのも大切なことだと思います。そのためにもHack For Japanの活動は継続していきたいと考えています。今後のイベントの開催等について随時お知らせしていきますので、https://hack4.jp もしくはTwitter: @hack4jp を継続してチェックしていただけると幸いです。次号以降では、実際に進行しているプロジェクトについて、いくつか掘り下げて紹介していく予定です。

脚注

注1 http://japan.person-finder.appspot.com/ (2011年10月30日にサービスは終了しています。 http://googlejapan.blogspot.jp/2011/10/google.html )

注2 Google Developer Relations Japan – Hackathon in a Boxより (https://sites.google.com/site/devreljp/Home/hackathon-in-a-box)
注3 ITで日本を元気に! http://revival-tohoku.jp/it/

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Updated on 11 2, 2012 by Kenichi Takahashi