Software Design 連載 第27回 「ITx災害」会議(後編)

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2014年3月号の転載です。記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第27回

「ITx災害」会議(後編)

Hack For Japanスタッフ
及川 卓也 OIKAWA Takuya
Twitter @takoratta

高橋 憲一 TAKAHASHI Kenichi
Twitter @ken1_taka

社会的課題をテクノロジで解決するためのコミュニティHack For Japanの活動をレポートする本連載。
今号も前号に引き続き、昨年10月6日に開催された「ITx災害」会議の後半の模様をお届けします。

前号では、ITを用いた復旧・復興支援を行っている団体やコミュニティ、個人が集まり、今後の活動を議論するための「ITx災害」会議の背景や準備、午前中の会議の様子をお伝えしました。今号では、参加者間のネットワーキングを広げる試みとして企画した芋煮会と、午後のアンカンファレンスについてご紹介します。

芋煮会

前号でお伝えした参加証のほかに、もう1つの参加者の交流を促すしかけが「芋煮会」です(写真1)。皆さんは芋煮という料理をご存じでしょうか。芋、野菜、肉など具材を持ち寄って屋外で煮込んで皆で食べるという芋煮会は、東北でもとくに山形と宮城の秋の風物詩でもあります(写真2)。
今回のイベントのランチタイムには「芋煮はコミュニケーションプラットフォーム」と掲げて活動されている全日本芋煮同好会注1の皆さんにより、山形風の醤油ベースの芋煮とカレーうどんが振る舞われました。当日は天候が良かったこともあって、屋外で正に芋煮会さながらに、参加いただいた皆さんが和やかな場の中で会話を楽しんでいました。アンカンファレンスの場とはまた違った雰囲気で、新しいつながりが生まれていたようです。

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写真1 芋煮会会場の様子

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写真2 芋煮

午後の部:アンカンファレンス

参加者の皆さんには大型の付箋紙に自分が考えているトピックを書いて、それをホワイトボードにどんどん貼り付けてもらいました(写真3)。午後は皆さんから出していただいたそれらのトピックを14に絞り込み、AからEの5つのトラックに分かれてアンカファレンス方式でディスカッションが行われました。各トラックにはファシリテーターが付き、トピックごとに参加者からトピックリーダーが選出されて議論が進められていき、最後に各トラックからの発表注2が行われました。

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写真3 続々と集まるトピック

Aトラック

Aトラックでは環境というキーワードを軸に、被災者自身による情報、ツールをどうするかについて議論が行われました。
●被災者自身による情報発信
“マスメディアは命を救うことはできない”という話が出ました。マスメディアのようなトップダウンではなく、ボトムアップによる市民メディアが必要で、その例として女川災害FMの事例が挙がりました。
女川災害FMはローカル発信のメディアとしてTwitterで発信している人たちを集めて発信し、震災時に役立ちました。その反面、個人が発信する情報の信頼性も問題となり、女川災害FMにおいても信頼性に対するリテラシーを高めていくことにチャレンジしていました。
また、女川災害FMからの情報を東北放送が放送するといったこともあり、情報発信のプラットフォームについての議論もありました。

●ツールをどうするか
災害時に人の命を救うようなアプリケーションはどのようなものがあるかを考えました。状況によって、ネットにつながっている場合と、つながらない場合の2つの前提があります。
つながっている場合でも、災害用サービスを使える状況になっているのは2割というデータがあります。緊急地震速報を受信したら自動的に立ち上がるアプリなどを最初から組み込んでおくことが必要とされるのではないかと思われます。
一方つながっていない場合には、まず何とか被災地でのネットワークを構築できないかという話になり、携帯をトランシーバーのように使えるような、Wi-Fiのアドホック通信などの話が出ました。長い距離での通信ができるようにして、避難所間で支援の情報などが共有できると良いのではないかと思います。

●プロジェクト継続
お金の問題、人の問題、体制の問題の3つの軸で議論しました。
お金については、災害といっても普通のビジネスと同じような問題があります。ボランティアにエンジニアはいても、企画や営業の人があまりいなかったのではないでしょうか。そういう人にお金を回すしくみを考えてもらえると良いのではないかという話がありました。
人については、気持ち、情熱、やりがいがどこまで続くかという問題が出てきます。ボランティアでやっていただいたことに対してお金を払うようにした後、そのお金の範囲でしか成果が出てこなくなったという事例もあり、ビジネスとボランティアという相反する中でどう自分の立ち位置を決めるか難しいのではないかと思います。
体制については、プロジェクトの立ち上げ時に合意形成をしないといけない、ということが挙げられました。

Bトラック

Bトラックでは連携というキーワードを軸に、地図情報、プライバシー、団体間連携について議論が行われました。
●地図・地理情報
地図をどう使ったかの振り返りを行いました。災害時、既存の地図は必ずしも使いやすいものとはならず、地図と何をひもづけるか、たとえば物資をどこに送るかなどに活用できるよう、自転車に何かセンサーを付けることで地図作りができるのではないかというアイデアが出ました。

●プライバシー
アーカイブとしていろいろ残っているものの中に、忘れる権利、忘れてほしい、というものもあるのではないかという議論がありました。「プライバシー」という言葉が片仮名であるように、日本ではそもそも対応する概念がないのではないでしょうか。たとえばTwitterのアーカイブを削除する権利もあるのではないかと思います。
客観的なプライバシーと主観的なプライバシーの違いもあり、不安を持たずに個人情報を登録する環境はないかという話になり、個人情報保護法など法整備の問題があるが民間主導型でやれると良いのではという話も出ました。

●団体間連携
「連携したほうがいいよね」と言っているだけではなく、想いがあって動ける人が集まる今日のような場を継続してやっていくことが大切です。顔を突き合わせた関係はオンラインより強いので、ネットだけでなくリアルでの飲み会などをやっていきたいということになりました。

Cトラック

Cトラックでは行政と民間の連携、オープンデータ、記録・アーカイブについて話し合われました。
●行政と民間連携
緊急時、復興時の話がありますが今回おもに話したのは緊急時のことで、行政のほうに根本的な思想がないので統一した動きが取れていないのではないかという話がありました。民間のほうもバラバラではなくまとまるべきで、最終的には人間関係が大切だという話になりました。

●オープンデータ
オープンデータと言ってしまうと余計な調整が入ってしまう恐れがあります。災害時公開情報というような言い方にして災害時公開協定というようなものを作り、具体的な事例とセットで設けておくと良いのではないかという話が出ました。
また、行政との間で共同でアイデアソンを行って、お互いの合意を取っていくことができると良いのではないでしょうか。

●記録アーカイブ
基本的に“残すことは良し”という方針で議論しました。利用する際には、いかにしてアーカイブしたものを見やすくするかを考える必要があります。アーカイブの可能性としては、個人が撮ったものも残していけないかと思っているが、個人の写真や顔が入ってしまったものをどう扱うかというスクリーニングが課題となります。
また、ライセンスの問題もあります。例として、気仙沼のリアスアーク美術館ではスクリーニングがされており、個人撮影のものが展示されていて参考になります。

Dトラック

Dトラックでは人材について、ITリテラシーが高くない人への対応をどうするかなどの話をしました。
●IT弱者
おもに高齢のIT機器を使えない人に、どうやって情報を届けるかということを議論しました。通話とメールしかできない人にどうやって届けるか、若者と高齢者がコミュニケーションを取れるようにして、そこから伝えてもらうようにするのが良いのではないでしょうか。その一方で、タブレット機器は高齢の方でも使ってみたいということがあるので、UIを工夫して使ってもらえるようなものを考えていく必要もあると思います。
このテーマはなかなか成功例が見えてこない分野でもありますので、引き続きアイデア出しと実践をやっていかなければいけないと感じています。

●ITベテランの役割
ITベテランとは、ここでは災害を経験し、そこで何らかの活動をした人と定義しています。ハッカソンをどんどん開催し、いざというときに役立てられるよう、その成果をストックしていつでも見られるようにしておくのが良いと思います。実際の災害時にはニーズが合わないことも想定されますが、短時間で何かを仕上げるハッカソンではスピードと忍耐力が鍛えられるため、緊急時にはその忍耐力を活かして物を作っていくことができたらと思います。
そして、そういったイベントに若者をどんどん巻き込んでいくべきです。なぜなら今ここにいるベテランの人は、次に何か起こったときには高齢化してるかもしれないからです。

●復興・IT・若者
ITの教育といっても上からではなく「自走するためのエンジンを身につける」ことが大切です。ほかの人にも教える、伝える、クローズドにせず成果を公開して誰でも使えるものにすることが広がりを産んでいきます。

Eトラック

Eトラックでは復興事業の立ち上げについて、過疎の加速、何を魅力に人は集まるのかなどについて話し合いが行われました。
●プロジェクト立ち上げ
災害発生後10から100時間の間にやっていくことを話しました。避難所のガバナンスの話で、地域にリーダー的な人がいる場合は良いのですが、そういう人がいない場合は治安の問題なども発生する確率が高かったようです。
また、避難訓練の際に避難所を立ち上げてITでやることも同時に訓練すると良いのではないかという話もありました。

●復興事業の立ち上げ
被災地の過疎化は実は震災が起こる前から進んでいて、そこに震災が起きてスピードアップしてしまった状況です。そこでどうやってコミュニティを活性化するかということがポイントになります。人を集めるしかけ、しくみづくりが必要ということでいろいろな提案があり、人口を増やすことに成功した徳島の事例を東北と共有すると良いのではないかという話が出ました。
また、コミュニティを再生するにはマネジメントスキルを持つ人が必要で、そういう人をいかにして地元で育て、活躍してもらうかということが必要です(写真4)。

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写真4 アンカファレンスの様子1

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写真4 アンカファレンスの様子2

その後

2013年10月6日の会議を受けて、10月26日には「減災ソフトウェア開発に関わる一日会議注3」が行われました。これは、10月6日の議論を深め、さらに新たな知見を集めることで、災害発生時にどのような対応をとることができるのか、実践的かつ理論的に討議することを目的としたものです。
ここでは発災直後のITの役割やソーシャルメディアの活用ポリシー、被災地で早急にインターネットアクセスを可能にするための技術などについて話されました。たとえば、東日本大震災の際、ソーシャルメディアで情報の拡散を依頼されることがありました。情報によって拡散すべきものとそうでないものがありますし、またより精度の高い情報が後に提供された場合に、拡散した情報をどのように扱うかは検討が必要です。デマが拡散されてしまった事例などを思い出す人もいるでしょう。このように、発災後にどのようにソーシャルメディアを活用するかを事前に明文化しておき、発災とともに、そのポリシーを明示することなどが議論されました。
また、東日本大震災でもITが必ずしも有効に活用されていなかった事実を冷静に見つめなおし、発災後のある段階からより効率的にITを活用するために、もっと組織的に取り組むための話し合い(情報支援レスキュー隊構想)も行われました。
この「減災ソフトウェア開発に関わる一日会議」に見られるように、10月26日の会議は、会議を行うことが目的ではなく、これをきっかけとしてITによる災害への対応を具体的に進めていくことが目的です。そのため、アンカンファレンスで出たアイデアなどを実現していくためのしくみをスタッフ側では用意しようと考えています。具体的には、Wikiを立ちあげ、そこに派生したプロジェクトの進捗や作業メモなどを保管できるようにします。このWikiは発災後の情報ポータルとしても活用可能です。現在、「ITx災害」サイト注4はイベントの報告が中心となっていますが、今後、Wiki上で派生したプロジェクトの情報が蓄積されていったならば、それらの紹介を掲載したりすることで、より汎用的にITと災害を考えられるサイトに変更していこうと思います。

脚注

注1)https://www.facebook.com/imonikai

注2)個別セッション発表の動画

注3)http://gensai.itxsaigai.org/

注4)http://www.itxsaigai.org/

 

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Updated on 2 24, 2013 by Seigo Ishino