Software Design 連載 第40回 日本のシビックテックの現状について

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2015年4月号の転載です。記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第40回

日本のシビックテックの現状について

Hack For Japanスタッフ
関 治之 Hal Seki
Twitter @hal_sk

地域の課題を住民参画とテクノロジの活用によって解決する。おおまかに言うと、このような活動がシビックテックです。欧米で始まった動きですが、日本でも少しずつ、そういった活動が目に見えるようになってきました。

みなさま、こんにちは。Hack for Japanスタッフの関です。筆者は2013年6月に「Code for Japan(コード・フォー・ジャパン)」という名前の団体を立ち上げ、そちらでも活動しています。Code for Japanは、筆者がHack for Japanで活動する中で生まれたさまざまな気付きを、さらに多くの人々に組織的に広めていくために立ち上げました(写真1)。Code for Japanは、国内で「シビックテック」関係の活動を推進するためのコミュニティです。本稿では、日本におけるシビックテックの現状についてお伝えしたいと思います。

写真1 Code for Japanのコミュニティ

そもそも、シビックテックとは?

シビックテックとはどのような概念なのでしょうか。文字どおりに訳せば、シビック=市民のための、テック=テクノロジですが、市民による、市民のための、市民によるテクノロジ活用といったような意味合いを持っています。わかりやすく言えば、地域の課題を住民参画とテクノロジ活用によって解決しようという活動で、欧米を中心に拡大しています。

ナイト財団によるレポート、「The Emergence of Civic Tech: Investments in a Growing Field December 2013」によると、シビックテックの定義は幅広く、公共データへのアクセスや透明化、住民が保有する資産やツールのP2Pでのシェア、公共サービスや施設を改善するためのクラウドファンディング、地縁に根ざしたコミュニティやフォーラム、社会的な講座や市民との関係性向上など、多岐にわたります(図1)。

図1 シビックテックの領域
また、International Data Corporation(IDC)が最近出したレポート「Civic Tech Fuels U.S. State and Local Government Transformation」によると、米国のシビックテック領域への投資は2015年で約64億ドルになるとされており、2013年から2018年の投資額は、従来のIT領域への投資に比べると14倍早く成長するとも書かれています。

日本でも、オープンデータの推進とも呼応するような形で、少しずつシビックテックに関連する活動やスタートアップが出てくるようになりました。

シビックテックが注目される理由

では、なぜシビックテックが近年注目されてきているのでしょうか。それにはいくつかの理由があります。筆者の整理では、[1]オープンデータ運動 [2]ICTの普及 [3]スマートフォンの普及の3つが大きく影響していると思います。

まず[1]についてですが、オープンデータとは、政府や自治体の持つデータを2次利用可能なオープンライセンス(パブリックドメインやCC-BYライセンス)で公開することで、透明性の向上や経済発展、行政への市民参画のために使ってもらおうという動きのことです。米国や英国ではすでにさまざまなデータが公開されており、とくに米国でオバマ大統領が就任してからは、政府のデータは特別な理由がなければ原則公開という、「オープン・バイ・デフォルト」の考え方が導入されました。データが自由に利用できるようになることで、前述したシビックテックの領域に関する図1にあるような、これまでにはなかったサービスが続々と生まれています。

そして、[2]のICTの普及についてですが、Web技術が発展し、計算機の処理能力も飛躍的に向上した結果、さまざまなデータを組み合わせたり、現実世界の情報を拾い上げて政策判断に活かすといったことができるようになりました。たとえば、統計データをビジュアライズしてわかりやすく表現することにより、感覚的なものや有力者の意見だけではなく、データを元にした意思決定がしやすくなったのです。これにより、住民が行政に参加しやすくなりました。具体例としては、選挙の際に議員が過去どのような法案に賛成してきたかといったデータを参照することで、耳障りの良い選挙公約などに惑わされない判断ができることになります。

最後に[3]のスマートフォンの普及です。スマートフォンが普及したことにより、多くの人が隙間時間を使って行政とコミュニケーションをすることができるようになりました。これまでは、タウンミーティングなどの場や選挙のタイミングでしか、政策立案や自治体の活動に意見を言うことはできませんでした。これでは、忙しい人は参加できません。今ではスマートフォンを使うことで、自分の好きな時間、好きなタイミングで行政とのコミュニケーションができるのです。

たとえば、米国の多くの都市で採用されているSeeClickFixというサービスは、近所で見かけた町の不具合を、スマートフォンを使って簡単に投稿ができるサービスです。道路にヒビが入っていたとして、住民がその道路の写真を撮影し、市に対して位置情報付きでレポートを送信することができるようになっています。同様のサービスは多くの市で導入されています。日本でも、昨年から千葉市が「ちばレポ」というしくみを始めていますし、FixMyStreet.jpというWebサイトでも同様の機能を提供しています。

日本政府の動き

今日本は、少子高齢化が急速に進み、地方の経済も落ち込みが進んでいるところも多い状況です。とくに「超高齢社会」とも言われる状況は深刻で、総務省が発表した2013年9月15日時点の推計人口によると、今現在日本の人口の4人に1人が高齢者(65歳以上)であり、2035年(平成47年)には3人に1人が高齢者になると予測されています。単純に考えても、税金を払う側の人が減り、年金を受給し、公共サービスを比較的多く必要とする人が増えることとなり、現役世代には相当な負担が求められることになります。そのような状況で社会のしくみを継続していくためには、行政機能の相当な効率化が必要となってきます。

しかしながら、これまでの行政のやり方には限界があります。お金がないのであれば、知恵を出すしかありません。「行政についてはお上にお任せ」しておく時代は終わったのです。皆が知恵を出し合って、地域ごとに課題を解決していく「市民参画」がますます重要になってきます。国民に開かれた政府を作り、市民参画や協働を進めていく考え方は「オープンガバメント」と呼ばれています。そのような中で、シビックテックを活用しようという機運が徐々にですが高まってきています。

日本政府はオープンデータを進めていくという姿勢を打ち出しています。平成25年6月14日、政府は日本を5年の間に世界最高水準のIT国家とするという「世界最先端IT国家創造宣言」を発表しました。その中では、目指すべき社会・姿を実現するための取り組みとして、「オープンデータ・ビッグデータの活用の推進によって革新的な新産業・新サービスの創出と全産業の成長を促進する社会の実現を行う」とあります。この戦略に基づき、オープンデータ公開の流れが進んでいます。2014年10月1日には政府のデータカタログサイトである、data.go.jpの運用が正式に開始され、さまざまなデータセットが公開されています。

また、自治体の中でも先進的な所はオープンデータ公開に積極的に取り組み始めており、福井県鯖江市、千葉県千葉市、神奈川県横浜市、静岡県、北海道室蘭市などの地域がさまざまなデータセットを公開しています。

日本の推進コミュニティ

このような政府の動きに対し、いくつかのコミュニティが市民側の動きを牽引しています。オープンナレッジファウンデーションジャパン(Open Knowledge Foundation Japan。以下、OKFJ)はオープンデータの推進を積極的に行なってきました。オープンナレッジ(Open Knowledge)は英国の、主にオープンデータの普及啓発に関する活動を行う組織の日本コミュニティで、筆者もメンバーになっています。海外のオープンデータに関する情報を日本語で発信するほか、政府や自治体に対してオープンデータの重要性をアピールする活動や、毎年2月に行われる世界規模のオープンデータのお祭り、「International Open Data Day」の日本の取りまとめなどの活動も行っています。

Code for Japanも、日本のオープンガバメントを推進する立場で活動をしています。「ともに考え、ともにつくる」というスローガンを掲げ、住民自身が自分事として地域の課題を捉え、自ら手を動かすためのテクノロジ活用を行っています。大きく2つの活動があり、1つは各地のCode forコミュニティの支援である「ブリゲイド支援」活動、もう1つは、自治体向けの高度IT人材派遣サービスである「フェローシッププログラム」です。現在、21の地域のCode forコミュニティを支援し、福島県浪江町に2名のフェローを派遣。コーポレートフェローシップという企業から自治体への人材派遣プログラムも開始しました。

シビックテックの事例

●5374.jp
Code for Kanazawaが開発した、ゴミ収集日と種類がわかるWebアプリケーションです(図2)。複雑なゴミ収集日をシンプルなユーザインターフェースで表現することで、便利に使えるようになっています。オープンソースで公開されていて、50以上の地域で市民の手により開発されています。

図2 5374.jp

図2 5374.jp

●さっぽろ保育園マップ
Code for Sapporoの、さっぽろパパマママップチームが開発したアプリケーションです(図3)。子どもを「どこに」あずければいいんだろう?……これは小さなお子さんがいるお父さんやお母さんを長年悩ませてきた問題です。「おうちの近く? 勤め先の近く? 退勤時間に間に合う? じじばばも行ける?」それぞれの家庭のたくさんの事情を考えて、子どもの預け先を選ぶことはとても大変です。お父さんやお母さんの負担を少しでも軽くしたい。1人でも多くの子どもにより良い保育環境を届けたい。そんな思いから生まれたアプリケーションです。こちらもGitHubでソースコードが公開されています。

図3 さっぽろ保育園マップ

シビックテックの本質

2つのアプリケーションを紹介しましたが、各地のCode forコミュニティでは、アプリケーションを作ることだけを目的としているわけではありません。アイデアソンやハッカソン、マッピングパーティといったワークショップを自治体や市民と一緒に開催しています。ITというのはあくまで手段であり、「課題の発見」と「当事者による主体的な取り組み」なしには地域課題は解決しません。筆者は、コードを書くことやテクノロジ活用といった“How”ではなく、エンジニアリング的な思考と、オープンソースコミュニティ文化の強みこそが、Code forのコアコンピタンスだと思っています。

何か課題を見つけ、何かの手段を使って解決する。課題を解く際には、エンジニアの美徳の1つである「怠惰」の特性を生かす(楽をするためなら努力を厭わないといった性格)。そして、何か作ったならオープンに共有し、車輪の再発明をなるべく少なくする。共有されたものを改良したら、それをメインのコードに返す。そこからコミュニティが生まれ、コードだけでなく、課題や解決のアイデアも含めて共有されていく。そしていつしかプロプライエタリな製品を凌駕する。

たとえばGitHubを使ってIssueの共有がされたり、Pull Requestを通じてこの流れが加速したりといった部分こそが、テクノロジの強みだと思うのです注1。その文化がエンジニアだけでなくもっと多くの人に伝播していく。これこそ筆者がシビックテックに一番ワクワクする部分であり、震災時のHack for Japanのコミュニティからも学んだことです。
今は過渡期なので、「GitHubなんか普通の人は使わないよ」とか、「お年寄りはスマートフォンを使わないよ」といった話はでてきます。でも、10年、20年といったスパンで見ていけば、このようなオープンソース的な考え方が一般の人たちのなかでも普通になる世の中が作れるのではないでしょうか。

Code for JapanはCode for Americaとパートナーシップを結んでいますが、概念や理念をある程度共有している部分があるからこそ、我々はCode for Americaから学べるし、Code for AmericaもCode for Japanから学ぶことができます。「試行錯誤をオープンにして、学びあっていこう」という、Co-Learningが、これからの地域課題解決をスケールさせていくのだと信じています。

Code for Japanは草の根の活動で、誰でも参加できるコミュニティです。これを読んで興味を持ってくださった方、ぜひCode for Japanのコミュニティにご参加ください。

Code for Japan
http://code4japan.org/
https://www.facebook.com/codeforjapan

脚注

注1)和歌山県がGitHubにてデータを公開 https://github.com/wakayama-pref-org

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CC-BY-NC-ND

Updated on 2 24, 2013 by Seigo Ishino