Software Design 連載 第2回 Hack For Japanで生まれたプロジェクトたち

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2011年12月号の転載です。

記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

 

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第2回

Hack For Japanで生まれたプロジェクトたち

Hack For Japanスタッフ

関 治之 Hal Seki

Twitter @hal_sk

Hack For Japanで生まれたプロジェクト紹介

今回はHack For Japanの活動を通じて生まれた、いくつかのプロジェクトを紹介します。Hack For Japanのプロジェクトについては、ホームページのプロジェクト一覧(http://www.hack4.jp/first-year/relatedinfo-1/ProjectList)から見ることができます。Hack For Japanを開始してから、100近くのプロジェクトが生まれています。

プロジェクトの流れ

基本的には、Hack For Japanのアイデアソンやハッカソンへ参加いただくと、アイデアを持った人を中心にプロジェクトチームが組まれます。そのチームのメンバーでプロトタイプを作成し、発表を行うのですが、当然サービスが稼働するには継続的な活動が必要です。

チームメンバーがHack4.jpサイトにあるプロジェクトシートに記入をすることで、先ほどのプロジェクト一覧ページへ掲載されます。また、メーリングリストやFacebookページにて、手伝ってくれる仲間や必要なリソースについて募集することなどもできます。プロジェクトの中からいくつか紹介します。

風@福島原発

Hack For Japanスタッフでもある石野正剛さんと笹島学さんが開発した、放射線量と風向きを見られるAndroidアプリです(図1)。福島原発事故に伴う公開情報の不透明さに対して、わかりやすい情報を提供することで被害者を助けようと考え始めたプロジェクトで、Web上に公開されているいくつかの放射線情報を取り込んで地図上に数値を示すと同時に、そのときの風向きなども表示しています。このアプリケーションについては、次回で詳しく取り上げる予定です。

図1 風@福島原発のスクリーンショット

 

フォトサルベージの輪

写真や印刷のプロフェッショナルによるネットワークを通じて、災害で損なわれた写真の修復を行うボランティア団体です注1。Hack For Japanスタッフでもある白石俊平さんが、主催者からの依頼でシステムを開発しました。

破損した写真をスキャンして取り込み、フォトレタッチ技術を持つ世界中のボランティアがインターネット上で破損写真を選んで修復・登録し、修繕された写真を被災者の方に返すというクラウドソースシステムで、写真の洗浄だけでは回復できなかった写真でもある程度まで修復できるのが特徴です。

Hack4Geigerプロジェクト

Hack For Japanのハッカソンは、GClue佐々木陽さんを中心に第2回より福島県会津若松でも開催しています。会津若松は原発からは100km以上離れているのですが、やはり原発の問題に関心が高く原発関連のプロジェクトが中心になっています。また、会津大学で行われていることもあり、学生の参加率も高いのが特徴です。

ハッカソンでは実際にガイガーカウンタを自作してしまいました。そこから生まれたのがHack4Geigerプロジェクトで、ガイガーカウンタを自作し、ガイガーカウンタとクラウドの連携を実現することを目的としています。ガイガーカウンタとAndroidは、Arduinoを経由してBluetooth、ADKなどで連携可能です(図2)。

プロジェクトの成果はOpen Geiger Development Kit注2として公開されており、現在までに、㈱シーエーの市販型、会津工業高校生作成の型、赤ベコ(会津の郷土玩具)型(写真1)など5つの異なった型のガイガーカウンタが開発されています。

図2 Hack4Geiger構成図写真1 赤ベコ型(ハッカソンでの様子)
図2 Hack4Geiger構成図写真1 赤ベコ型(ハッカソンでの様子)

 

東日本大震災 通知・事務連絡集(Webサイト)

このサイト注3は、東日本大震災の発生後に国の各府省庁から発信された通知や事務連絡等を、震災対応で被災者や地方公共団体等の支援を実施している弁護士の岡本正さんを中心とした弁護士有志チームがまとめたものです。

震災後の状況に対応するため各府省庁の事務手続きなどが変更されており、各府省庁から発行された通知の数は1,000以上におよびます。しかし、数が多すぎるうえにそれぞれの通知がバラバラに届くため、せっかくの通知も自治体が受けきれない現状を目の当たりにし、それをなんとかしたいという思いで開始されました。当初は紙媒体を考えましたが、更新の関係から、Webサイトでなくてはならないと思い、サイトで公開することになりました。

筆者がかかわったこのプロジェクトについて、少し詳しく経緯などを紹介したいと思います。Hack For Japanでの取り組みをイメージしていただければと思います。

通知・事務連絡集プロジェクトの始まり

弁護士の方から、前述のような通知をExcelでまとめているがWebサイトとして公開する技術がないのでどうしたら良いか教えてほしいという問い合わせが筆者のところにあり、Hack For Japanを紹介しました。Hack For Japanでの呼びかけに対し、5名のメンバーから参加表明があり、プロジェクトが発足しています。

個人的には、なるべく早く、あまり大きな工数をかけずに公開をしたいと考えましたので、最初の打ち合わせのその場でGoogle Sitesを利用して簡単なプロトタイプを作り、それを持ってHack For Japanに紹介をする形をとりました。

アーキテクチャ設計

早速参加メンバー間のメーリングリスト(ML)が作られ、アーキテクチャの議論に入ります。通知自体はもともとExcelにまとめていましたが、複数の弁護士間で作業を共有するため、Google Spreadsheetを使うようになっていました。

最初の議論として、Google Sitesをそのまま使うか、別のしくみを用意するかの選択肢がありました。あまりホームページに関する知識がなくてもサイトの見た目の更新やページの追加ができるようになるという点と、Google Spreadsheetとの連携も可能であるという点から、やはりGoogle Sitesを利用することで落ち着きました。

役割分担と開発

ML内で、それぞれのスキルに応じて自然と役割分担がされていきます。ドメイン取得担当、スクリプト開発担当など。今回の一番の肝はスクリプトの開発です。メンバーの中の2名がスクリプトを開発することになりました。そこからはあっという間で、最初の2日でSpreadsheetからGoogle Sitesのページを生成するスクリプトが完成してしまいました。各メンバーは顔を合わせたことがなく、すべてメールでのやり取りでしたが、すばらしいスピード感でした。

問題発生とリリース

しかし、検索軸が当初思っていたほど細かくできないという点や、一覧画面を思ったとおりのデザインにすることがGoogle Sitesを使ったシステムでは非常に難しいということがわかってきました。ともあれリリースを優先させるということで、メンバーはその問題を解決せずにリリースをするという決断をしました。現行バージョンでも当初想定していた目的を十分果たせますし、スピードに勝るものはないという判断からです。

仮設ネットカフェプロジェクト

続いては、Hack For Japanスタッフの岩切晃子さんが主導的に関わっているプロジェクトを紹介しましょう。7月に行われた岩手県遠野のハッカソン、Hack For Iwate Vol.1にて生まれました。

このHack For Iwateには筆者も参加していましたが、ボランティアセンターで行った初めてのハッカソンでした。写真修復のワークフロー改善や、会場となった遠野まごころネット注4のホームページリニューアル、ボランティアの受付管理システム、仮設住宅のデータベースなど、ITで解決してほしいニーズが多く発見できた場所です。ホームページリニューアルのプロジェクトなどは、ハッカソンのときにできたチームが改善を続けて無事リニューアルまでこぎつけ、今も継続的に運用を続けています。

被災地の人にITを活用してほしい

話を戻しましょう。

岩切さんはご実家が岩手県釜石市で、ご親戚も被災をされています。これまで何度も岩手県に帰り地元のサポート活動を続けています。

Hack For Iwate Vol.1で発表されたのは、

①避難所から仮設住宅に移った際に、多くの人が元いたコミュニティから分断され孤独になってしまったこと

②ビジネスの情報や復興支援の情報を、自分たちの力でもっと出せるようになってほしいこと

③新しい生活の調べ物のためにインターネットを活用してほしいこと

これらを解決するために、仮設住宅内にネットカフェを置きたいというアイデアでした(このスライドはhttp://www.slideshare.net/iwakiri/ss-8697908にあります)。

ご本人によると、「とにかく、何を支援してほしいのか、よくよく聞かないと言わない奥ゆかしさを何とかしたいと思いました。また、これからも災害が起こるであろう場所で暮らしていくことのセーフラインを作りたい。そのためには、インターネットを使い自衛することが必須で、いつでもネットがある暮らしが前提になるような場所になったらという思いが発端です」とのことでした。

広がる支援の輪

この発表の後、遠野まごころネットさんも大変乗り気になり、大槌などでも実際に試験的な運用が始まりました。iPadなどの機器やネット回線などをサポートいただけるという企業も出てきて、どんどんと実現への話が進んでいっています。

そして、10月中旬には仮設ネットカフェをテーマにしてHack For Iwate Vol.2が開催されました。ネットカフェを作ることが現実的になってきた今、その場所をどのように利用、運用すれば被災地の人たちの役に立つものになるだろうかということを2日間かけて皆で考えたということです(15名以上の参加者があったそうです)。近々、本当にネットカフェが生まれることになるだろうと思います。Hack For Iwate Vol.1で生まれた1つのアイデアが、こうやって形になっていくことはとても嬉しいことだと思います。

うまくいっているプロジェクトの特徴

これまで、Hack For Japanでのプロジェクトの一部を紹介させていただきました。Hack For Japanだけではなく、復興支援を行っているさまざまなプロジェクトを見てきて、自分自身もsinsai.infoというサイトを運営してきての感想なのですが、うまくいっているプロジェクトには次のような特徴があるように思います。

●とにかく早めのリリースを目指す

●ユーザからのフィードバックを意識している

●他者を巻き込む

とにかく早めのリリースを目指す

とにかく少しくらい汚くても良いので、早くリリースすることが重要だと思います。ボランティアの限られたリソースでは、できることに限りがあります。時間が経過するほどモチベーションも下がってくるのが通常です。リリースをすることで、そのサービスが必要とされるのかどうかを測ることができますし、テンションも維持できます。逆に言えば、構想段階からなるべくミニマムなリソースで、サービスのコンセプトが問えるような形をしっかり考えておくことが重要だと思います。

ユーザからのフィードバックを意識している

多くのプロジェクトは、ニーズを想像して作っています。しかし、その想像を確たるものにしてくれる実際のフィードバックを得ることは非常に難しいです。サイトの利用状況の把握や、お問い合わせフォーム、TwitterやFacebookのボタンなど、とにかくさまざまな手段を通してユーザからのフィードバックを取るしくみを導入することで、そのサービスについてユーザが感じることを調査することができます。フィードバックフォームを通じて意見をもらうことで、サイトの改善だけでなく、モチベーションアップにもつながります。

他者を巻き込む

限られたリソースで、しかも長期にプロジェクトを進めていこうと思う場合は、たいていは自分たち自身がボトルネックになるものです。しかし、本当に必要とされるプロジェクトであれば他の組織や協力者などを見つけることが可能だと思います。なるべく外部に自分たちのプロジェクトを紹介し、他者を巻き込んでいくことで、持続的な力を身につけることができます。プロジェクトメンバーを増やすということでもいいですし、他の組織と連携するということでもいいでしょう。場合によっては、他の組織自体にジョインしてしまってもいいと思います。

◉◉◉

  今回はHack For Japanで生まれたプロジェクトと、具体的な取り組みの流れを紹介しました。ぜひ冒頭で紹介したプロジェクト一覧をご覧いただき、興味のあるプロジェクトへ参加したり、新たなアイデアを持ち込んでいただけたらと思います。復興にはまだまだ皆さんの力が必要とされています。ぜひお気軽にお問い合わせください。

脚注

注1 http://www.photosalvage.net/

注2 http://code.google.com/p/open-geiger-development-kit/

注3 http://www.sinsailaw.info/

注4 岩手県遠野にあるボランティアセンター。http://tonomagokoro.net/

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Updated on 11 2, 2012 by Seigo Ishino