Software Design 連載 第4回 Hack For MiyagiとV-Lowマルチメディア放送

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2012年3月号の転載です。
記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

 

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩
“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第4回
Hack For MiyagiとV-Lowマルチメディア放送

Hack For Japanスタッフ
小泉 勝志郎 KOIZUMI Katsushiro
Twitter @koi_zoom1

Hack For Miyagi紹介

Hack For Miyagiはこれまでの連載で紹介されてきたHack For Japanの宮城県での活動となります。他の開催地同様のアイデアソン/ハッカソンを行う運営をしていますが、これに加えて「被災地と直接つながっている」という立地上の利点を活かすべく、震災復興団体とIT技術者がお互いに意見を出し合うミーティングを定期開催することになりました。
復興活動ではハッカソンのように実際に新しくものをつくることが求められることもありますが、「その問題点はEvernoteを使えば解決するのでは?」「Dropboxを使えばより効率が上がりそう」といった、ITの知識に強い人ならとくにものづくりをせずとも解決できるものもあります。Hack For Miyagiで定期的にミーティングを行う理由は、現地で復興活動を行っている方々から直接そういった話を聞くことができ、その場でより具体的な意見交換が行えると考えたからです。
Hack For MiyagiにはFacebookのグループ注1もあり、ここで意見交換やイベントの告知が行われています。本稿では第1回目となった2011年12月11日に行われたミーティング注2のダイジェストと、その中から新しい災害時の緊急情報伝達手段として考えられる「V-Lowマルチメディア放送」をクローズアップして紹介します。

ミーティングの流れ

Hack For Miyagiのミーティングは次のような流れで進みます。まず、復興活動を行っている方の活動とそこで困っていることの報告から始まります。共通の課題や1つの活動の中に複数の課題があることもあるので、ひととおり紹介が終わったところで課題をまとめます。ここまでが第一部。
続く第二部では、課題ごとにIT技術者を交えたチームを組んでディスカッションを行い、最後にディスカッションした内容をまとめたもののプレゼンを行う形式です(写真1)。

写真1 発表と課題をまとめたホワイトボード
写真1 発表と課題をまとめたホワイトボード

発表してくださった方々

2011年12月11日のミーティングでは次の方々に発表いただきました。

● 東北放送の吉田信也様から「3・11から9ヶ月~自治体の防災広報ツールに見る課題~」
● ReRoots若林ボランティアハウスの根本聡一郎様から「ボランティア団体ReRootsについて」
● deptyの徳永司様から「deptyの震災対応について」
● IPAの羽鳥健太郎様から「震災におけるITの効果と課題」
● よみがえれ!塩竈(しおがま)塩竈の菅野圭一様から「よみがえれ!塩竈について」
● 松岡たいじろう様から「石巻へのボランティアバスへ参加して」
● 若林怜帆人様から「Geneについて」
● 女川復興ファンクラブの栗山岬様は福岡からSkypeでミーティングへ参加
この発表内容から課題事項をピックアップし、第二部へつなげています。

災害時の情報伝達について

災害時の情報伝達について、東日本大震災当時どうだったのかを東北放送の吉田さんからお話しいただきました。吉田さんは各自治体の防災担当者の方やコミュニティFMの方と情報交換されていて、地域防災・地域コミュニティの研究会(事務局東北放送)を立ち上げています。
東日本大震災ではほぼ2万人の死者・行方不明者が出ていますが、どうしてここまで被害が拡大したのかを自治体防災ツールの検証から説明され、国として県としてどういう動きがあるのかについて話していただきました。

現在の防災ツールについて

防災行政無線は今回の震災で最も使われた防災ツールです。電柱に取り付けられたスピーカーから流れるため、屋内にいる人はそのスピーカーから流れる音が聞こえないという問題点があります。宮城県名取市では動作しなかったため(震災後の検証によると、装置の電源が地震の影響でショートして音がまったく出ていなかった)、閖上(ゆりあげ)地区の方々が津波にのまれたのはここにも一因があります。
続いてテレビ・ラジオなど、各種報道機関からの放送。東日本大震災では停電でほとんどの人がテレビを見られず、ワンセグで見た人も少数派。ラジオも常時携帯している人はほとんどいませんでした。
各種メールによる通知も事前登録が必要であったり、キャリアが限定されていたり、停電によるサーバダウンでうまく機能を果たせませんでした。各自治体のWebサイトは事前登録は必要ないものの、停電によるサーバダウンで動作しなかったのは同様です。
広報車によるアナウンスもあり、これは先ほど防災無線が動作しなかった例で取り上げた名取市でも用いられています。しかし、地震により道路が分断されるなど、十分に回れなかったところもありました。

各防災ツールの持つ課題と今後について

上記のようなことから各防災ツールの持つ課題が見えてきます。

● 長時間の停電では使用できない
● 内容によって目的対象地域をふまえて伝達手段を考える必要がある
● 伝達手段ごとに対応操作が必要
● 防災担当課と広報担当課が役場内で別組織であることなどにより、緊急に伝えるべき内容が伝わらない

緊急時の情報伝達は迅速かつ正確に伝える必要があります。こういった点を受けて、現在いくつか動きが出ています。吉田さんからご紹介いただいたのは公共情報コモンズとV-Lowマルチメディア放送。V-Lowマルチメディア放送は次項にて詳述しますので、ここでは公共情報コモンズについて簡単に紹介しておきます。
市町村、県、各省庁、ライフライン、交通機関事業者のような情報発信者は、今まではそれぞれ個別に情報を伝達していました。それを一元化するべく「公共情報コモンズ(財団法人マルチメディア振興センター)注3」というネットワークインフラができ、2011年6月から実用化されています。各情報発信者から公共情報コモンズ(コモンズネットワーク)に情報を投げてもらうようにして、そこから情報伝達者(放送/携帯電話事業者など)が各手段で各地域住民に情報を伝えるというものです。2012年1月現在、東北の自治体でも実施に向けて検討中とのことですので今後の展開に期待です。

V-Lowマルチメディア放送

地上デジタル放送移行(地デジ化)により、アナログテレビが占有していた一部周波数帯が空きます。V-Lowマルチメディア放送とは、この空いたVHF帯域の1~12チャンネルのうち、1~3チャンネルを利用した新しい放送です。ちなみに、10~12チャンネルを利用したV-Highマルチメディア放送は『モバキャス』という名称で、2012年4月からサービス提供が開始されます。V-Lowマルチメディア放送も、今後早い段階で始まる予定です。
両者の違いは、V-HighがBS/CS放送のような「全国一律のサービス」であるのに対し、V-Lowは県域放送や市町村ごとのCATV/コミュニティFMのような「県・市町村単位のサービス」である点です。VHF帯域を使って放送波にIPパケットをのせて情報伝達できるマルチメディア放送で、従来は放送波を映像・音声に変えるだけでしたが、IP DataCastという方式で放送波にファイルをのせることも可能となっています。放送波には輻輳(ふくそう)しないという大きなメリットがあります。また、専用の端末も考えられてはいますが、デジタルサイネージでの情報発信や、放送の電波を受けてWi-Fiで再送信することでスマートフォンでの受信も考えられているとのことです。
安否情報が知りたい場合、テレビやラジオだと聞き逃してしまうおそれがありますが、V-Lowではエリア登録などにより必要なエリア情報が自動的に受信端末に蓄積される形になります。

V-Lowをどう活用すべきか

V-Lowについては、震災以降、防災・減災・地域コミュニティに利用すべきとの方針が国(総務省)および総務省下の研究会などで出されています。
東日本大震災では防災無線がうまく機能せず、アナウンスにあたっていた方が亡くなるという痛ましい出来事もありました。地デジ移行によって今後の取り付けは減るとはいえ、現在VHFのアンテナはほとんどの家庭に備わっています。既存インフラを活用できるV-Lowマルチメディア放送は今後の防災において大きな役目を果たしそうです(図1)。
ミーティングでは、今後のコンテンツの拡充とV-Lowの知名度向上が議論されました。Hack For Miyagiの中でCMS(コンテンツマネジメントシステム)を作成したり、受信機メーカーを招いて勉強会を開催することで知名度向上へつなげる案が出されていました。

V-Lowの今後の展開

ミーティング後に、総務省へ宮城県の実証実験計画が提出されました。宮城V-Lowマルチメディア放送実験協議会(仮称)を設立準備中であり、2012年から東北放送では実証実験を行うとのことです注4
そして、V-Lowマルチメディア放送で用いるコンテンツにはアプリケーションも候補に入っています。ここでIT技術者の“Hack”の力が大きく活きていきそうです。APIの公開など課題はありますが、IT技術者の方にはチャレンジしがいのある題材となるでしょう。

 

Geneプロジェクト

「Gene」は7月のHack For Miyagiのアイディアソン/ハッカソンから生まれたプロジェクトです。「医療目的のデータベースがあれば便利なのではないか?」というアイデアから生まれた「指紋などの画像を利用して、個人の健康情報をインターネット上から取得できるアプリ」です。
指紋や虹彩といった生体情報が写った画像をあらかじめサーバに記録しておき、これと持病や既往歴、処方している薬品といった健康に関する情報をひも付けておきます。緊急時か否かにかかわらず、生体情報をキーにこれらの情報を引き出せるというものです。また、生体情報から今日の運勢を表示してくれるなど、娯楽要素も盛り込んでいます。図2は指紋占いのデモです注5
2011年9月には東北大学の菊池務特任教授から指紋認証についてのお話をうかがうという、Gene単独のイベントも開催しています。このイベントの中では、指紋認証の話のほかに手の写真で認証するAndroidアプリのデモンストレーション、医療にかかわるアプリケーションと薬事法の関係など幅広い話をしていただきました。今後のGeneの展開にも期待が持てます。
今回のミーティングでは、オープンソースのDNA解析システムがあり、利用するコストもだいぶ安くなってきているので、Geneの発展として指紋認証以外にDNA認証も考慮に入れることや、今後はプロトタイプを作成することで実際に使ってもらってのフィードバックを得る話がなされました。また、Geneの目的を明確にするために、認証に生体認証を使う理由とそれを医療用データと組み合わせることに強みを見いだせないかという、立ち位置を最初に戻した議論も行われました。
Geneでは現在開発者を募集中です。とくにWeb開発者の方、Android開発者の方を募集しています。FacebookのHack For Miyagiグループにて参加表明していただけると幸いです。

図2 Geneのデモ
図2 Geneのデモ

最後に

Hack For Miyagiでは、復興に携わっている方とIT技術者が直に議論することで生まれる化学反応を生み出したいと思っています。今後も隔月程度のペースで開催していきますので、皆さんの参加をお待ちしております。

◆今回ご協力いただいた復興団体

・ReRoots若林ボランティアハウス
http://reroots.nomaki.jp/
・depty
http://depty.org/
・よみがえれ!塩竈
http://yomigaereshiogama.jp/
・女川復興ファンクラブ
http://taishodo.or.tv/onagawa/

脚注

注1) http://www.facebook.com/groups/111524345612696/
注2) http://www.ustream.tv/channel/tdc/videos
注3) http://www.fmmc.or.jp/commons/
注4) http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000030.html
注5) http://gene.h4jp.novatrade.co.jp/

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CC-BY-NC-ND

Updated on 11 2, 2012 by Seigo Ishino