Software Design 連載 第22回 Spending Data Party 2013と「税金はどこへ行った?」の広がり【その1】

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2013年10月号の転載です。記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第22回

オープンデータ活用ハッカソン

Hack For Japanスタッフ

及川卓也 OIKAWA Takuya

Twitter @takoratta

社会的課題をテクノロジで解決するためのコミュニティ、Hack For Japanの活動をレポートする 本連載。今回は税金の使い道を可視化するための取り組みについて紹介します。

自治体のオープンデータ への取り組み

Hack For Japan は昨年より、活動を震災復興支 援にとどまらず、IT を通じて社会的な課題を解決す ることを目指しており、その一環として昨今力を入 れているのが、オープンデータの活用です。政府や 公共機関の持つデータを公開し、技術者が自由に活 用することで、より開かれた政府を実現し、市民の 政治参加も活性化されます。日本でも震災以降オー プンデータをより積極的に活用しようという機運が 高まっています。 この Software Design での連載でも何度か紹介さ せていただいているように、税金の使い道を可視化 する「税金はどこへ行った?(Where Does My Money Go?)」というサービスが日本で立ち上がって います。昨年、「オープンデータ活用ハッカソン」と いうイベントで横浜市版が作成されたのを皮切り に、有志によりいくつもの地方自治体向けサイトが 立ち上がりました。このムーブメントをさらに加速 しようと7月20日と7月21日に「Spending Data Party 2013」が開かれましたので、その模様を今回 と次回の 2 回に分けてご紹介します。

Spending Data Party での講演

Spending Data Party 2013 は「税金はどこへ行っ た?」の元となる Openspending プロジェクトをホス トする、Open Knowledge Foundation の Anders P e d e r s e n の呼びかけで、世界同時開催されたイベ ントです。日本では、7月20日の午後と7月21日の1日半の スケジュールで開催されました。会場となったヤ フー株式会社に、約 50 名の技術者やデザイナー、 自治体担当者、地方財政に興味のある人たちなどが 集まったほか、オンライン(Google+ ハングアウト) 経由でも数名が参加しました。 7 月 20 日は、主催者である関治之氏(Georepublic 代表社員・Hack For Japan スタッフでもある)によ る挨拶の後、5 人の方からの講演が行われました。

WDMMG の到達点と 将来像

「WDMMG(Where Does My Money Go? の略)の 到達点と将来像」というタイトルでお話をしてくだ さったのは、公共イノベーション代表取締役および 今回のSpending.jpプロジェクト(「税金はどこへ 行った?」はさまざまな呼ばれ方をしますが、本家 のOpenSpendingを由来にしたSpending.jpという 言い方もされます)のコーディネーターの川島宏一 氏です。川島さんは昨年の「オープンデータ活用 ハッカソン」のときに、日本版の「税金はどこへ行っ た?」の開発を呼びかけた、まさに日本版の生みの 親の 1 人と呼べる方です。 川島さんはまず「ワニの顎」とたとえられる日本の 国家としての財政状況を説明します。「ワニの顎」と は歳入が減っていくの反して、歳出が増えていく状 況をグラフ化した際に、まるでワニの顎のように見 える状況を揶揄した言葉です。このような状況で は、国民 1 人 1 人が当事者意識を持ち、公共予算を 意識することが必要となるのですが、川島さんは国際会議で知った「税金はどこへ行った?」がそのために有効と考え、昨年に日本版の開発を呼びかけました。 オープンデータは情報の透明性を実現し、イノベーションを加速します。税金を可視化するこのサービスも世界の自治体との比較などを可能にし、さまざまなアイデアを生み出すことが期待されていると川島さんは言います。
川島さんからは、すでに、今回のイベントの前に22都市向けの「税金はどこへ行った?」が立ち上がっていることが報告されました。川島さん自身も、現在どなたが関わっているかわからないくらいの広がりを持っているそうで、本家OpenSpendingプロジェクトとの事前の打ち合わせでも 日本からの技術者がプロジェクトをリードする場面も出てきていることなどが明かされました。 今後への展望としては、登録された予算(自治体によっては決算)データを用いたさまざまな応用アプリケーションなども検討していくことになるそうです。例として挙げられていたのが、英国でのYouChoose注1というサービスです(図1)。これは来年の予算をどの分野に使っていきたいか、つまり自分なりに来年度予算を組むことができるものです。 このようなアプリケーションを日本でも提供していきたいと考えているそうです。 川島さんの講演は次の言葉で閉められました。「個人としての幸せ、企業の利益、社会への貢献を 同時に実現できる社会をつくろう。『税金はどこへ行った?』もその一環として捉えていきたい。」

図1YouChoose

図1YouChoose

税金の 5W1H ー税制と財政の関係からー

次に公認会計士・税理士の山内真理氏から税金のしくみが5W1Hに沿って解説されました。 国民の義務である納税ですが、いざその内容やしくみを聞かれるとわからないものです。山内さんはそれを次のように説明します。

Why「? なんで税金を納めるの?」:
行政サービス・社会インフラ整備など社会的に 必要な機能を担っている国家や自治体は税無し には成り立ちません。社会的な機能の維持に必 要な税収を十分に出来ないのなら財源を債券発 行で賄うしかないのですが、それは将来世代の 負担で現役世代が便益を享受していることに他 なりません。そのため、納税は国民の義務と なっています。

Who「? 税金を負担するのは誰?」:
税を負担できる能力(担税力)に応じて平等に課 税しようという応能負担と受ける恩恵に見合っ た分だけ課税しようという応益負担の2つにより 徴税は行われています。個人だけではなく、法 人に対しても行われます。

How「? どうやって負担する額を決める?」:
徴税は「所得」、「消費」、「資産」に対して行われ ます。

Where「? 税金はどこに行くの?」:
国と自治体は必要な社会的な機能を分担してお り、予算調達能力や経済力には差があるなど、自治体の状況は様々のため、資源の再分配が行われています。国の税収の一部は地方交付税、地方譲与税などを通じて地方に流れていますし、都道府県と市町村の間でも調整が行われています。

What「? 目的税って? 特別会計って何?」:
目的税とは税の徴収とその使い道を直接対応さ せるために、特定の目的で集める税のことです。 特別会計とは特定の目的で使うために、目的ごとに会計を分けることです。体の大きなお財布 にまとめて色々な用途に振り分けるより、特定 の目的ごとのお財布に別々にプールして計画的 に使うことが合理的な場合が多いという考えに 基いて、このようにされています。
(以上、山内さんの発表資料「税金の 5W1H̶税制と財政の関係から_」より)

山内さんから「税金はどこへ行った?」に対して、 「課題と限界を知りながら、モデルづくりを」と応援のメッセージが送られました。

「税金はどこへ行った? (島根県版)」とは

一般財団法人島根総合研究所 常務理事事務局の 長山根純氏および島根県からオンラインで参加のメンバーから島根県版(図2)の特徴が発表されました。
島根県版注2は島根総合研究所という非営利団体が運営しています。見るとわかるように、ほかの自 治体とはまったく異なる画面になっていますが、こ れは県税や国税、社会保険も組み込んだものになっ ており、さらには市町村同士の比較も可能となって います。使っているデータは予算ではなく決算になってい ますが、その理由はデータ取得が容易であったこと と、予算消化という、悪い言い方をすると、合法的 な税金の無駄遣いは決算重視への転換で改善する可 能性があるのではと考えたためでした。市町村同士を比較しやすいものにしたことにより、市町村間でどの比率が高いかを想像してもらえ るようになっています。たとえば、健康福祉割合が 最も多いことがわかったり、老人福祉費が児童福祉費よりも多いことなどの特徴が見て取れます。今後はデータベース共通化や他の市町村との比 較など、継続的な検証可能性を世界の人たちと一 緒に検討していくべきだと思うとおっしゃっていました。

図2 税金はどこへ行った ? (島根県版)

図2 税金はどこへ行った ? (島根県版)

「税金はどこへ行った(? 千葉市版)」 と今後の展望について

千葉市情報経営部 業務改革推進課課長 松島隆一 氏からは千葉市版の特徴と今後の展望について発表 されました。 人口減少により税収や職員数の減少に直面する千 葉市は市民主体のまちづくりを目指しており、その 一環として予算をよりわかりやすく公開するための 試みも行っているそうです。たとえば、「もし千葉 市が給料収入 500 万円の家庭だったら注3」のような形で自治体予算を家計にたとえ、想像がしやすいように解説しています。
そのような背景がある中、開発された千葉市版の 「税金はどこへ行った?」は予算データではなく、決算データを用いています。それは、使われる「予定」 である予算よりも、使った「結果」である決算のほう が、税金の使い方を明示する意味が強いと考えられ たからです。そのうえで松島さんは、予算版と決算 版の両方が用意されると良いのではないかと提案さ れました。ほかにも、多くの自治体が 2 階層までで 税金の使い道を可視化しているのに対して、千葉市 版は 3 階層目まで用意しています。 また、千葉市版は横浜市版についで日本で 2 番目 に用意されたものですが、データの分類が異なって いるため、横浜市と千葉市の間だけでも、完全には 自治体間の比較ができないことを指摘され、日本国 内で統一した分類が望まれていることを言われていました。
千葉市は5月末に市長選が行われましたが、そこで再選を果たした熊谷市長はマニフェストとして、「自分がどれだけ税金を納め、どれだけ公的サービスを受けているのかが一目でわかるサービスの実現で、税金の行方に対して信頼が持て、納得感のある市政を推進」と掲げる注4など、今回の「税金はどこへ行った?」プロジェクトに大きく期待しているそうです。
今後については、単身と扶養ありの 2 分類以外に も、収入や家族構成などの市税を計算する項目を増 やしていきたいそうです。また、公開する自治体側 の負担を減らすために、予算統計や決算統計のデー タを活用することを模索していると話されていまし た。

予算編成過程の公開とその意義

鳥取県産業振興室長の森本浩之氏からは鳥取県における予算編成過程の変遷について発表されました。
森本氏は鳥取県を「トップの強い意志でペーパーレス化から情報公開へ進んだ」と紹介されました。 実際に全国市民オンブズ連絡会議が実施した予算編成過程の透明度ランキングにおいて2年連続第1位 を獲得しています。この取り組みは片山前知事時代から始まった改革に基づくもので、予算編成のペーパーレス化や予算編成過程の公開などが今でも続けられています。たとえば、平成25年度の補正予算についても、一般 事業調整要求・査定の概要が県のサイトですべて公開されています注5
ほかにも「とっとりWebマップ注6」や「鳥取県借金時計注7」のような面白い取り組みが紹介されました。

どうすれば納得してもらえるのだろう

埼玉県宮代町総務政策課 改革推進室長の栗原聡 氏からは「どうすれば納得してもらえるだろう」と題 して、行財政運営の取り組みの中で、住民に納得し てもらうために、どのように情報を出していくかの 取り組みが紹介されました。 宮代町は埼玉の小さな町ですが、1996 年には Web サイトを早くも開設したそうです。その後、予算や 決算などのデータ公開を進め、市民を含めた議論を 行っているそうです。宮代町の予算と決算という ページ注 8 でその一端を見ることができます。 さらに、栗原さんは、ふるさと納税という自分の 居住地以外の市町村に寄付をした場合、一定額まで 税額が控除されるというしくみを紹介し、気に入っ た事業に対して寄付で地域を応援できるしくみをさ らに活用できないかと提案されていました。
◆ ◆ ◆
7 月 20 日は、この後にグループに分かれ、21 日に かけて作業を行いました。その模様は次回ご紹介し ます。

 

脚注

注1)http://youchoose.yougov.com/redbridge2012
注2)http://tax.souken.or.jp/
注3)http://www.city.chiba.jp/zaiseikyoku/zaisei/zaisei/download/chibashinokakeibo_h25.pdf
注4)http://www.kumagai-chiba.jp/manifesto/ manifesto2013/summary
注5)http://db.pref.tottori.jp/yosan/25Yosan_Koukai.nsf/h1-03.htm
注6)http://www2.wagmap.jp/pref-tottori/top/
注7)http://www.pref.tottori.lg.jp/204182.htm
注8)https://www.town.miyashiro.saitama.jp/WWW/wwwpr.nsf/%E4%BA%88%E7%AE%97%E3%8

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Updated on 2 24, 2013 by Seigo Ishino