Software Design 連載 第10回 オープンデータ活用ハッカソン
この記事は、技術評論社 Software Design 2012年10月号の転載です。 記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。 |
Hack For Japan
エンジニアだからこそできる復興への一歩
“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。
第10回
オープンデータ活用ハッカソン
Hack For Japanスタッフ
関 治之 Hal Seki
Twitter @hal_sk
社会的課題をテクノロジで解決するコミュニティHack For Japanはハッカソンを中心にさまざまな活動を行っていますが、今回は、オープンデータを活用して世の中に役に立つアプリケーションを作る、「オープンデータ活用ハッカソン」のオーガナイズを行わせていただきましたので、そのレポートをご紹介します。本ハッカソンは、国際大学GLOCOMの主催で行われました。
オープンデータとは?
そもそも、「オープンデータ」の定義とは何でしょうか。直訳すると文字どおり「オープン」なデータということになりますが、それだけでは漠然としています。Open Knowledge Foundationが公開しているオープンデータハンドブック注1によると、
“オープンデータとは、自由に使えて再利用もでき、かつ誰でも再配布できるようなデータのことだ。従うべき決まりは、せいぜい「作者のクレジットを残す」あるいは「同じ条件で配布する」程度である。”
とあります。より具体的には、「利用でき、アクセスができる」「再利用と再配布ができる」「誰でも使える」のがオープンであることの定義になっています。このようにデータをオープンに公開し相互利用性を高めることで、さまざまなデータセットを組み合わることが可能となります。
持っているデータをオープンに公開することで、その組織がもともと目的としていた利用用途以外の価値が生まれたり、新たなイノベーションが生まれることがオープンデータの狙いと言ってもいいと思います。WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)の生みの親であるティム・バーナーズ=リーは2009年のTED注2で、「生のデータを今すぐに」という呼びかけを政府や科学者などに呼びかけました。翌年の2010年には、「オープンデータとマッシュアップで変わる世界」という有名な講演を行い、オープンデータによる社会的イノベーションの事例を数多く発表しています注3。
「オープンデータ」という言葉は「オープンガバメントデータ」という意味合いを持っています。政府は税金を利用して大量のデータを日々作成していますが、そのデータは国民の資産であり、可能な限り公開されるべきであるという「Open By Default」という考え方が欧米を中心に広がってきているのです。
オープンデータ活用ハッカソン
本ハッカソンは、「オープンデータ活用アイディアソン ~ハッカーと起こす社会イノベーション」というタイトルで開催された3日間にわたるワークショップで、Hack For Japanの協力のもと国際大学GLOCOMが主催しました。1日目(6月9日)がアイデアソン、2日目、3日目(6月30日、7月1日)がハッカソンという形式で、オープンデータを活用したアプリケーションを開発することを目的としています。
アイデアソンの参加者は40名ほど。ハッカソンは30名ほどでした。最終的に30名近くの方が7チームに分かれてプロトタイプの完成を目指しました。エンジニアだけでなく、市職員や議員、元県CIOの方、大学教授など多様なメンバーが集まって濃密な時間を過ごしました。
アイデアソン
アイデアソンの参加者は、エンジニア10人ぐらい、行政の現場から5人ぐらい、はっきりした問題意識を持ってきた人7~8人、見学しにきた人が数人という割合。簡単な挨拶の後、元世界銀行、元佐賀県CIO、電子行政タスクフォース構成員という経歴を持ち、政府オープンデータの推進者でもある川島宏一さんにプレゼンテーションをしていただきました。
イギリス、アメリカなどの先進事例をはじめ、国内でも先進的な取り組みを進める「データシティ」、福井県鯖江市の事例や島根県の予算編成過程のオープン化事例を紹介いただきました。
その後、「批判ではなく提案を」「自分たちの手の届く範囲の解決策を考える」というルールのもとアイデアソンを行いました。まずは全員でディスカッションしながらいくつかの問題領域を抽出していくことにしましたが、問題意識の高い人が多くどんどん議論が進んでいきます。あっというまに共有用のGoogle Spread Sheetが埋まっていきました。
その中からもっとも取り組みたいテーマを選び(Sign up)、最終的に成立した6チームがグループ討議に入ります。グループ討議では、各グループが選んだテーマについてどのようなアプリケーションを作ることができるかを考えます。実際に実現可能なアプリケーションを考えることにこだわっていただきました。多様な人が一緒に制限時間内に作れるものを考えることで、さまざまな発想が生まれます。
そこで生まれたアイデアをチームごとに発表していただき、アイデアソンは終了しました。ほどんどのプロジェクトはハッカソンにもそのまま持ち込まれていますので具体的な紹介は省きますが、短期間のディスカッションにもかかわらずそれぞれが具体的なアプローチを出していて、この日集まったメンバーの優秀さやこれまでの積み重ねに驚嘆しました。
ハッカソン
アイデアソンから約3週間後、ハッカソンが行われました(写真1)。この日は前回の参加者の半数程度が参加し、新しいメンバーも含めると30名程度になりました。簡単な自己紹介の後、各プロジェクトの代表者を中心にチームを作ります。2日間あるとはいえあまり余裕はありませんので、挨拶もそこそこにすぐにアプリケーションの開発が始まります。いくつかのチームはアイデアソンからハッカソンまでの間にFacebookなどを通じてディスカッションを行っていました。筆者が参加したプロジェクトもそうですが、事前にミーティングを行い下準備やタスクを整理してきたチームもありました。
アイデアソンよりエンジニアが増えたとはいえ、今回のハッカソンはエンジニア以外の業種の方も多いです。そのような場合ハッカソンが開発フェーズに入ると手持ち無沙汰になってしまうケースがときどきありますが、今回はコンテンツ作りやデザイン、サンプルデータ作成などいろいろとやれることがあったので、あまりそういった問題はなかったように感じます。
1日目は切りのいいところで任意解散、2日目は朝から集まり、発表までひたすら開発を行います。そして、いよいよ発表の時間がやってまいりました。各プロジェクトについては次節から順次紹介しますが、GLOCOMのレポートページ注4にも発表スライドや動画が貼ってありますので、ご興味のある方はぜひ動画も閲覧してみてください。
払った税金の流れを可視化する「税金はどこへ行った?」
参加者による投票で最優秀に選ばれたプロジェクトです。筆者自身もこのプロジェクトでコードを書かせていただきました。アイデアソンのときにも紹介されたイギリスのオープンデータの利用事例「Where Does My Money Go?」というサイトの日本語版です( 図1)。イギリスのWhere Does My Money Go?は閲覧者が自分の年収を入れると、どの分野にどれだけ税金が使われているかをひと目でわかるように表示するサイトです。日本版Where Does My Money Go?であるspending.jpも、納税者である国民一人ひとりが、支払っている税金の使われ方を具体的に理解し、税金の使われ方を決める当事者として責任ある意見を述べる手助けをすることを目的としています。
イギリスのOpen Knowledge Foundationが公開しているソースコードを利用し、横浜市の平成24年度一般会計予算をデータとして実現しています。
オープンデータのデータカタログサイトを作る「CKAN日本語化プロジェクト」
オープンなデータがあっても、それを公開して見つけてもらうにはどうしたら良いでしょうか。オープンデータのためのポータルサイトを作ることがこのチームの目的です。
このチームでは、Open Knowledge Foundationがソースコードを公開している「CKAN」の日本語化を行いました(図2)。CKANはオープンデータのためのカタログであり、イギリスのdata.gov.ukをはじめ、さまざまな国のオープンデータポータルでデータ管理システムとして使われています。オープンにしたデータのデータセットのURLやデータそのものとメタデータを登録することで、組織が持つオープンデータをインターネット上に公開することができます。前述したdata.gov.uk以外にも、たとえば誰でもデータセットを登録できるThe Data Hub注5や、世界中のオープンデータカタログであるdatacatalogs.orgなどにも使われています。ハッカソンでは、公開されているソースコードを日本語化し、実際にデータを登録できるようにしています。
街の緑を地図上に可視化する「みどりマップ」
千葉市おゆみ野に住む方が、その美しい緑を考えることで住民間のコミュニケーションに役立てたいという思いでスタートしたプロジェクトです。緑地の多い地域であるおゆみ野をテーマに、「みどりの見える化」「みどりの市民参加」「みどりの市民運営」というステップを通じて自分たちの街を住みよい街にしてくことを目的にしています。
ハッカソンでは第1ステップである「みどりの見える化」にフォーカスし、Google Fusion Tablesを使い地図上に緑地データを表示するデモなどを作成しました。目的をフォーカスし、短期間でアウトプットを作るという点に感心しました。
子どもが作れる社会科マップ「みんなの地図帳」
子どもでも作れるような社会科の地図帳を作ろうというプロジェクトです。子どもでも簡単に、さまざまなオープンデータを重ね合わせて何か発見ができるようなサービスを作ることを目指しています。神奈川県の実際のデータを用いて地図上に表示し、さまざまな分析を行うプレゼンテーションを行いました。エンジニアがいないという厳しい状況の中、既存のサービスをうまく使ってやりたいことを表現していました。
震災後の地域ごとの出生数を赤ちゃんの写真と共に表示する「復興メーター」
東日本大震災からの復興の可視化に取り組みました。当初はアメリカのRecovery.govのようなものを作ろうという話になっていましたが、被災地の人や復興事業に従事する人、被災地の将来ビジョンを描く人が元気になれる明るいデータを可視化しようということで、宮城県市区町村の毎月(2011年3月から)の累積の出生数を可視化していました(写真2)。
地域版Wikiを簡単に立ち上げられる「LocalWiki」
地域に関するWikiを立ち上げられる、LocalWiki注6の日本語化を行ったプロジェクトです。実際にサンプルが立ち上がっており、試すことが可能です。
女性無業者支援の「メンターバンク」
女性無業者支援というテーマについて、横浜市におけるヒアリングなど、課題の整理とデータの探索を行いました。難しいテーマに対し、エンジニアの不足も重なりかなり苦戦をしておりました。
まとめ
今回はエンジニアだけでなく、オープンデータに関係する自治体関係者やコンサルタント、市民などが集まったため、作られたアプリケーションもかなり地に足の着いたものが多かったように思います。日本ではオープンデータの活用について欧米に比べると遅れていると言われていますが、参加者の中には官僚や議員といった方もおり、日本のオープンデータの潮流を頑張って作っていこうという思いを持つ人もいることがわかりました。2012年7月4日には、政府のIT戦略本部にて「電子行政オープンデータ戦略」も決定され、日本も少しづつ動き始めています。
我々技術者にできることは、少しずつ公開されているオープンデータを活用し、「こんなデータがあればこんなことができる」という良い事例を着実に積み上げていくことだと思いました。ご興味を持たれた方は、ぜひHack For Japanのコミュニティ注7に参加いただければ幸いです。
脚注
注1)http://opendatahandbook.org/
注2)テクノロジ(T)、エンターテイメント(E)、デザイン(D)に関するプレゼンテーションを中心としたカンファレンス
注3)ティム・バーナーズ=リー「オープンデータとマッシュアップで変わる世界」
注7)Hack For Japan Facebook Group
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Updated on 2 24, 2013 by