Software Design 連載 第13回 IT Bootcamp座談会: 石巻の高校生との学びの場で感じた支援のかたち
Hack For Japan
エンジニアだからこそできる復興への一歩
“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。
第13回
IT Bootcamp座談会:
石巻の高校生との学びの場で感じた支援のかたち
座談会メンバー紹介
古山 隆幸
(ふるやま たかゆき)氏
石巻2.0理事/イトナブ石巻代表。石巻にIT産業を根付かせるために、若者を中心にソフトウェアやさまざまなIT関連の学びの場をつくる活動をしている。
日本コロナの会にて、Corona SDKのエバンジェリストとしてボランティアでコミュニティ活動中。携帯電話のFlashプレーヤの開発を10年くらいやっていた。
佐々木 陽
(ささき あきら)氏
会津若松に社屋を構える㈱GClueの代表取締役。Android/iOSアプリケーション開発が主な事業。未来の主戦力となるエンジニアを育てるために、大学生などに教える活動を10年間行っている。
Bootcamp開催のいきさつ
古山▶石巻にはITエンジニアが少ない、というかそもそもIT産業がほとんどないんです。若い人にIT産業の魅力を伝えにくい環境で手っ取り早くわかってもらうには、そこの最前線で活躍している方々をお招きするのが良いだろうと考えました。
そこで原さんにご相談し、佐々木さんをご紹介いただき、そこからここにいる皆さんを集めていただいたという経緯になります。自分としては、今年一番の盛り上がりのあるイベントになったのではないかと思っています。
原▶ 古山さんとは石巻でどうやってIT産業を興すか、そこで人を育てるにはどうしたらいいか、といったことを2012年の3月くらいから何度か相談していました。
一方で、震災があってからHack For Japanをはじめ、エンジニアの方々が東北に何か支援できないかと活動されているのも知っていました。そこで重要になるのは、両者のマッチングをどうするのが良いかです。
今回の場合は本来あるべき姿、つまり地域側がニーズを持っていたところに、この活動がつなげられたのが良かった。
継続性を与えるセミナーにするために
高橋▶勉強会やセミナーの開催経験が豊富な佐々木さんから見て、Bootcampを企画するにあたって何か思うところはありましたか?
佐々木▶やるからには勝算のある教育をしないと継続性が出なくなってしまうので、なんらかの優位性を与える必要があるんですよね。モチベーションを高めることで、あとは自分で継続的に勉強してくれるようなモデルが必要だと考えていました。
それで今回の話を考えるに、高校生にいきなりAndroidやiOSを教えるとなると敷居が高くてモチベーションががくっと下がるかもしれないなという心配はありました。そんな心配事を考えているうちに、Coronaだったらその敷居を下げることができるかもということで、山本さんに協力を仰いだわけです。
山本▶Coronaはたいてい1日のセミナーで「こんなふうに作れます、皆さんおもしろいからやってみてね」といった紹介だけなんですが、それでも小野さんみたいに興味を持ってくださる方が自力ではじめてマーケットで販売するところまでいける。この敷居の低さが魅力だと思います。
小野▶プログラミング経験のなかった自分がiPhoneアプリを作りたくて市販の本でObjective-Cとかやってみたんですが、完全に挫折をした立場でして。だからこそCoronaの良さがわかります。それが高じてCoronaを広めるアンバサダー(大使)になっちゃったくらいですから。
Bootcamp成功の要素
山本▶最後の日に、半日かけてなにかおもしろいものを1本作ってみろと言ったら、みんな一所懸命に頭をひねりましたよね。「こんなスケッチでやりたいんですけど」と講師陣に見せに来たりしました。みんなのアイデアもおもしろかったですし、実現できた内容もおもしろかったですね。
佐々木▶今回プログラムができる、できないは別として、生徒の皆さんセンスが良くって、優秀な学生さんが集まったかなと。
小野▶どんどん質問が出てきて、こっちが逆に本気にさせられたというか、そういうのはありましたよね。
原▶質問を受けたりしていると、教えている側の本気度が上がっていく。うまくいく学びの場ってそうなんですよね。
成功の要素は3つくらいあると思っていて、1つは少ないコードで完成の感動が味わえるCoronaという武器を手に入れたこと。2つめは教えたメンバーがそれぞれの分野で活躍するプロだったということ。3つめは3日間という制約の中で、作り終わったあとの発表の場に向けて時間と戦ったこと。
これらの要素がうまく重なったので、その場の熱量もすごく上がったし、もっともっとやってみたいという彼らの継続意欲にもつながったのかなと。さらにはBootcamp終了後にも、生徒さんたち自身がチームを作ったり、山本さんがオンラインで教えてくれるといった関係がちゃんとできていたりと、すべてうまく回った感じがします。
(一同納得)
高橋▶10人の生徒に5人講師がつくという、なかなか贅沢な環境だったかなと。
佐々木▶先生がつきすぎると、つきっきりで全部教えちゃうっていうケースも起こりがちなんです。でも、今回はこれだけ先生がいるのに、先生が適度なバランスで教えていたというのが良かったですね。
教え方と修羅場の経験
高橋▶でもそこはちょっと……及川さんと反省点として話していたんですが、時間のあるうちは生徒さんに考えてもらえるようにうながしていくんですが、やっぱり最終日の時間が迫ってきたときには、「先にもうコード言っちゃうよ。はいこれ、タイプして」みたいな感じになっちゃって。動いたあとに意味を説明しましたが、ちょっとプッシュしすぎたかなという反省があるんですよね。
佐々木▶ソフトウェア開発では時間制約を守ることが非常に重要なので、逆に言うとそれで良かったんじゃないかと思うんですよね。最後に発表できる状態までにするのが最優先。そのあと落ち着いてコードを見て、自分のものにする。とにかく限られた時間の中で、ぎりぎりのところで超えさせるというのが重要だったのかなと思います。そこが今回はよくできたなぁと思うところですね。
原▶最後のあの緊迫感はとてもよかったですよ。生徒さんも講師陣ももうワーッ!て感じで(笑)。あれをくぐらないとダメなんですよね。
実機で動いたときの感動
古山▶それから、実機に転送させて、動作するのを体感できたのがすごく現実感を伴っていて良かったのではないかと思います。スマートフォン上で動かしてみて、「おお、動いた!」っていう、あのときの感動を彼らは今でも忘れていなくって、だからこそ継続しているんだと思います。
佐々木▶今回及川さんがAndroidを全部持ってきてくれたというのはキーポイントでしたね。実機で自分の作ったものが動く、そうするとどうしてモチベーションが上がるかっていうと、親に見せられる、友だちに見せられる、っていうのもあると思います。
アプリ甲子園/ABC東北で見た成長
高橋▶Bootcampの後も生徒さんたちはずっと活動を続けてくれていて、まず「アプリ甲子園 2012注1」の決勝戦まで行きました。惜しくも入賞は逃しましたけど、大勢いる中ですごくがんばっていたと思うんですよ。私もその会場にいたんですけど、もう子どもを見る親の気持ちでしたね(笑)。
さらにその少し後に、「ICT ERA+ABC 2012東北注2」(以下、ABC東北)があり、そこでも彼らは高校生トラックでセッションを2つ持って発表してくれました。そこに来ていた及川さんから見て、Bootcampからほんの2ヵ月くらいしか経っていない彼らを見ていてどんな印象を持たれましたか?
及川▶私も自分のプレゼンのときよりも緊張しましたよ(笑)。彼らの中でも中塩成海くんの気合いの入り方が全然違って、ちょっとノリが体育会系なんだけれども、それが見ていて気持ちよかった。アプリ甲子園もそうですが、ほかの高校生と知り合うことがすごく刺激になったと思います。まだまだ自分たちに足りないものがあることがわかって、でも負けないぞ、いつか追いついてやるって言い切っていたところに、すごく頼もしさを感じましたよね。
彼らの発表のあとに話をする機会(むちゃぶり)をもらったんですが、そこでこういった高校生のプログラミングの勉強を支えるには、3つの立場がいるねっていう話をしました。
まず1つに素材を提供できる立場の人。たとえば今回はGoogleのほうからAndroid端末の実機を提供しました。それから開発環境(SDK)が無料で使えるものだったということ。今回はさらにCorona Labsのほうから正式ライセンスを10個(参加人数分)提供いただきました。若年層の方がプログラミングを学ぶことに関しては、こういった無償対応や安価での提供というのを続けていかなければいけないのではないかなと。
もう1つは教える立場の人。今後いかにして技術者を増やすかが日本の産業にとって重要になると思うので、我々のようないわゆるプロの技術者はこういった行動を積極的にやりましょうと。今回の講師陣の皆さんが感じているように、教えることによって学んだことってたくさんあるわけですよね。次の世代を育てるということと、自分自身が育つという非常に良い機会になります。
最後の1つ、学び手の立場である高校生たちには、こういったまわりのサポートを活用して、積極的に学んでどんどん外に出ていってほしい。高校生ともつながり、我々ともつながり、どんどんつながったまま進めていくのがいいと。
以上のようなメッセージを伝えました。
次世代につながる活動
古山▶今回思ったのは、生徒たちがエンジニアの皆さんに教えていただいたじゃないですか。そういうふうに、わかるエンジニアはわからないエンジニアに教える、っていう感覚を彼らは感じたと思うんです。そういう気持ちが整えば、次世代にどんどん還元されていくというフローができてくるのかなと。今回のキープレーヤの中塩くんは、実際イトナブに来ている大学生のスタッフにCoronaを教えてるんですよ。
それから後輩にも教えていこうということで動いています。1年間で終わらせるのではなく、継続的にやっていくことを考えています。
及川▶ABC東北のときも、1年生や2年生を一所懸命誘わなきゃだめだよっていうのと、あとダイバーシティ(多様性)を考えたらぜひ女の子を入れてくれとお願いしましたよ。
高校生による地域の活性化
原▶「地方で高校生がやっている」というところの価値にもフォーカスをしたいなと思っています。石巻は津波もあってちょっと特殊なところではありますが、いま日本の地方にはどんなところでもさまざまな課題があります。とくに若者が出て行ってしまって、地域の産業が衰退していくっていうシーンはすごくたくさんあると思うんです。今回、石巻にIT産業を新しく作ろうっていう志の中で、高校生の子たちががんばっている。今後、彼らが地元で仕事ができるようになっていくっていうのが1つ労働モデルになりうるんじゃないかなって思うんですね。
石巻は石巻工業の子たちとIT産業を生み出して若者離れの問題を解決していく、みたいな、そんなのができると地方活性化のすごく良い例になるんじゃないかなと。
復興は現状回復ではない。未来を考える
--最後に、なぜHack For Japan、あるいはITエンジニアの復興活動として「教育」がテーマになっているのかをうかがってみました。
原▶「復興」という単語をどう理解するか、という話になってくるのかなと思うんですよね。必ずしも被害に遭った何かそのものをどうにかするんじゃなくって、その地域自体がもっと自力を底上げしていくことが必要なんです。震災によって元からあった課題が急速に表出化し、さらに深刻化したんです。であれば、根本にあったその問題を解決しないと、真の意味での復興にはならないよね、っていうことが見えてきました。そこで産業としてのIT、さらには担い手としての人材教育っていう文脈に広がっていったのだと思います。なので、すごく正しいステップアップというか、広がり方をしているのかなと。
佐々木▶IT産業という看板を掲げて、じゃあ何か復興のために作りましょう、ってことになるとその地域の人が求めていないものを作ってしまう可能性が高い。とくに補助金がついちゃったものはほんとに悲惨で、地域の人よりもそれを請け負ってマージンを取っていく地域外の企業が喜ぶだけになることが多いんですよ。教育だけはその地域の人を教育するので、補助金が投下されても唯一残るんです。
原▶外から刺激を与えるにしても、その地域の人たちが、「あ、これいいね。やりたいね」っていっしょに動けるものじゃないと、かえって地域の活力を奪っていくことになりかねないんですよ。
高橋▶元に戻すことだけが復興ではなくて、元よりも良くするという、未来に向けた取り組みがこれだと思うんですよ。ひと言で言うと、そういうことになるのかなと思います。
脚注
Updated on 12 20, 2013 by