Software Design 連載 第6回 復興していく街を OpenStreetMap に記録する

Software Design 連載 第6回 復興していく街を OpenStreetMap に記録する

この記事は、技術評論社 Software Design 2012年5月号の転載です。

記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

 

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第6回

復興していく街を OpenStreetMap に記録する

Hack For Japanスタッフ

高橋憲一  TAKAHASHI Kenichi

Twitter @ken1_taka

Hack For Iwate

Hack For Iwateはその名のとおり、Hack For Japan の岩手での支部という位置づけで活動を行っています。
2011 年の 7 月に遠野まごころネット注1 で行ったアイデアソン、ハッカソンを皮切りに、その後も 10 月、2012 年 1 月にアイデアソンを行ってきました。これまで進めてきたものとしては、遠野まごころネットのサイトリニューアル、仮設ネットカフェの構築などがあります。
岩手県釜石市出身の Hack For Japan スタッフで ある岩切 晃子さんが中心になって進めているのですが、今回僭越ながら筆者のほうでこの記事を書かせていただいております。

復興 OpenStreetMap 勉強会

その Hack For Iwate の第4回目のイベントが 2012 年 3 月 20 日に「復興していく三陸の店舗を記録 しよう!」と題して釜石市で行われました。内容は OpenStreetMap (詳しくは後述) の勉強会で、実際に営業を再開している釜石のお店を回って取材を行い、それを OpenStreetMap に記録していくというものです。
震災発生から 1 年が経過して復興へと進む中、現地の状況は日々変わっており、どこでどのような復興拠点が作られているのか把握しづらいという課題があります。これまで Hack For Iwate としてやれることを考えてきた中で、復興状況を見やすい形で発信するための取り組みができないかという意図で企画されたものです。そしてこの試みには、“現地 から情報を発信してほしい”、“その情報を見ること でより多くの人に訪れてほしい”、そんな想いも含まれています。  また、復興していく街に合わせて地図が更新されていくことで、外部から来たボランティアに正確な地図を提供できる、良いお店の情報をより多くの人が共有して実際に訪れることで現地の消費に貢献する、というメリットもあると思います。参加者の募集は、

「あなたのノートパソコンで復興していく被災地の店舗を記録してみませんか? インターネット上の地図、Open Street Map に記録していくワークショップを行います。ノートパソコンをお持ちであれば、どなたでも参加でき ます!」
という文面で告知を行ったところ、約 40 名の方に 参加していただきました。基本的には現地の方に多く参加していただこうと考えていたのですが、遠くは広島から駆けつけてくれた方もいました。当初の想定より多くの参加希望があったため、会 場は 2 つの場所が用意されました。11 月下旬に釜石の青葉通りにオープンした仮設商店街にあるコミュニティルーム「KAMAISHI の箱 AOBA」(写真1)、そしてそのすぐ近くにあるジャズ喫茶「タウンホール」です。さらに今回はサテライト会場として横浜でも 10 名ほどの方々に集まっていただき、後方支援部隊として地図データの整備に協力してもらいました。講師にはオープンストリートマップ・ファウンデーションジャパン副理事長の古橋 大地さん、そして Hack For Japan のスタッフの関 治之さんとい うOpenStreetMap 界で活躍している2人を迎え、 午前中は OpenStreetMap の説明の後に実際に GPS ロガーを持って計測を行いながら釜石のお店を歩いて回り、午後に集めてきたデータを入力する、という構成で行われました。
写真1 KAMAISHI の箱 AOBA
写真1 KAMAISHI の箱 AOBA
OpenStreetMap とは

まずはじめに OpenStreetMap の利点の説明があり、次のようなものが挙げられました。
  • ライセンスフリー
  • 誰でも編集可能
  • 印刷して配布可能
普通の地図は著作権に守られ、自由に複製や改変はできませんが、OpenStreetMap ならそれが自由にできることから、“地図の wiki”ということが言えます。最近 iOS 版がリリースされた Apple の iPhoto にも採用されるなど、商用での採用事例も増えています。日本語の情報は http://osm.jp で見ることが できます。  ただし、OpenStreetMap は地図データの入れ物、 美しく描画するには Hack が必要とのことです。

写真2 取材中の写真
写真2 取材中の写真
お店の情報を集める

 説明の後、午前中いっぱいはグループに分かれて実際に GPS ロガーを持って計測を行いながら釜石のお店を歩いて回り、
  • 店の名前
  • ジャンル
  • 営業時間
  • 電話番号
  • 震災後いつ再開したか
この 5 点の情報を集めました(写真 2)。各グループには必ず 1 人は地元に詳しい人がつくようにしました。やみくもに回っても効率的ではなく、地元の方ならではの情報が得られるためです。どのお店の方も忙しい中、快く情報提供にご協力いただきました。3 月中旬でまだ寒い中ではありましたが、訪ねたお店の方に「寒いから中に入って」と言っていただける場面もあり、情報提供に協力いただけることへの感謝とともに復興に向かっていく方々の心の暖かさを感じました。今回は講師の協力で Garmin の GPS ロガーを複数台用意できましたが (写真 3)、GPS ロガーがなくて もiPhone や Android 端末のアプリで代用することも可能です。例として iPhone には OSMTrack、Android には MyTracks、また、WheelMap というアプリは iPhone と Android 両方に用意されています。

写真3 今回使用した Garmin の GPS ロガー
写真3 今回使用した Garmin の GPS ロガー
データの入力

 午後は集めてきたデータを実際にマップにプロットする作業を行いました。
 データを登録するには OpenStreetMap へのアカウント登録が必要ですが、アカウント登録に手間はかかりません。http://osm.org からアクセスし、メールアドレスと希望するアカウント名、パスワードを入力して、届いたメールで認証を行えば即座に発行されます。ほとんどの方は初めての体験であるため、まずはツールの使い方の説明から入りました。編集のためのツールには次のようなものがあります。

  • Potlatch2:Webブラウザで動作するFlashベー スの OpenStreetMap エディタ注2
  • JOSM:スタンドアローンのアプリケーション注3
 今回はブラウザ上で動作するという手軽さから Potlatch2 を使用して説明が行われました。午前中に集めてきた GPS ロガーのデータは、USB ケーブルで PC に接続して吸い上げることができます。写真4 に写っているのは、今回の会場の 1 つであ る AOBA の建物を入力しているところです。このようにして建物を入力し、そこに情報をタグとして入力していきます。
写真4 編集中の画面
写真4 編集中の画面

 

“source=survey”というタグを入力すると、自分のGPSログを使用した場合、つまり足で集めた データということになります。“source=knowledge” は地元の知識や常識という意味になります。午前中に位置情報とともに集めてきたデータは各項目ごとに次のようなタグで入力できます
 

電話番号:phone=+81-120-123-1234
営業時間:opening_hours=hh:mm-hh:mm
ウェブサイト:website=http://foo.com
説明:description= 釜石駅前から歩いていける
ソース(原典):source=survey
被災して閉じた店舗:end_date=YYYYMMDD
復興してオープンした店舗:start_date=YYYYMMDD

 また、バリアフリーの属性を追記することもできます。
 

wheelchair = yes
wheelchair:description = 入り口広く、段差なし

 このような情報を付加することで、車いすを使用している方にも安心して訪れていただけるお店であるということを示すことができます。なお、今回使用した Potlatch2 はブラウザ上で編集を行うことができる手軽さはありますが、GPS ロガーで記録したポイントによる位置の参照ができないという制約があります。ロガーのポイントを元に編集を行いたい場合は、使うタグをあらかじめ知っている必要があるなどの敷居の高さはありますが、スタンドアローンアプリケーションである JOSM のほうが良いとのことです。最後にディスカッションをしている中で、陸前高田市の津波到達点上に桜を植樹し、震災を後世に伝えるためのプロジェクトである「桜ライン 311」という試みを OpenStreetMap 上に記録できないかという話も出ました。木のタグは “natural=tree” で表して、木の由来や特徴を残すことができるので、十分可能だとのことです。ほかにも、各地で紙地図による店舗情報を作成しているところがあります。それらをOpenStreet Map に入力することで、より多くの方と共有できるようにすることも考えられるでしょう。
イベントの成果

 今回講師として活躍してくれた古橋さんが、このイベントの前後での比較図を用意してくれました (図1)。現場でのPOI注4 入力と、横浜の後方支援チームの建物や周辺データの作り込みにより、イベント後は大幅に情報が充実していることがわかります。
図1 イベント前(2012/03/16)の釜石(左)とイベント後(2012/03/24)の釜石(右)
図1 イベント前(2012/03/16)の釜石(左)とイベント後(2012/03/24)の釜石(右)
CC-BY-SA www.itoworld.com

 

 集まっていただいた皆様(写真 5)も、自分たちで地図を編集していくことには大いに意義を感じていただいたようで、イベント中に入力しきれなかった情報も後から入力してくださっているようです。

写真5 イベント終了後の集合写真
写真5 イベント終了後の集合写真

今後は

 復興へと邁進している今、街の状況は随時変化していきます。自由に編集できる地図でそれを記録して発信していくことは、IT が役に立てることの 1 つではないでしょうか。今回のような試みが各地に広がっていくことを願っています。もちろん Hack For Japan でも他地域での同様なイベントの開催を検討していきますので、今後ともよろしくお願いします。

脚注

注1 岩手県遠野市にあるボランティアセンター。沿岸部へのボランティア派遣の前哨基地的な位置づけになっています。
注4 Point Of Interestの略で、おおまかに言うと位置情報のこと。参考: http://ja.wikipedia.org/wiki/Point_of_interest
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CC-BY-NC-ND

Updated on 11 2, 2012 by Kenichi Takahashi