Software Design 連載 第7回 宇宙観測データ×テクノロジで課題解決を

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2012年7月号の転載です。記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

 

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第7回

宇宙観測データ×テクノロジで課題解決を

Hack For Japanスタッフ

関 治之 Hal Seki

Twitter @hal_sk

International Space Apps Challenge

昨年3月に発足したHack For Japanは東日本大震災の復興支援を中心に活動していますが、最近では徐々に活動の幅を広げ、社会的課題をテクノロジで解決するためのプロジェクトをスタートしています。今回は、NASAのAPIを使った国際的なハッカソン、「International Space Apps Challenge」(図1)の東京地域のオーガナイズを行わせていただきましたので、そのレポートをご紹介します。

図1 International Space Apps Challengeのオフィシャルページにある参加地域のマップ
蜀咏悄1

 

「Hi Hal, NASAのデータを使ったハッカソンをやるんだけど、興味ある?」

きっかけは、海外の友人からのある1通のメールでした。海外のカンファレンスに参加したときに親しくなった友人が、私がHack For Japanの活動をしていることを知っていて声をかけてきたのです。詳しく聞いてみると、NASAとRandom Hacks of Kindness(社会的課題を解決するためのハッカソンイベントを開催している団体)の呼びかけのもと、宇宙観測データを利用したハッカソンを世界中で同時開催する予定とのこと。

もともとRandom Hacks of Kindnessの活動は個人的にも興味を持っていましたし、テクノロジで社会的課題を解決することをテーマとしたHack For Japanの目標ともぴったりだったので、日本地域のオーガナイザをさせていただくことになりました。その後、東京大学空間情報科学研究センター(CSIS)やJAXAなどの協力を得、無事に4月21日、22日にハッカソンを終えることができました。

オープンデータ、オープンテクノロジ

実はNASAやJAXAは、その観測データの一部をオープンライセンスで提供しています。その数は膨大で、うまく利用すればさまざまな課題解決に利用できる可能性も高いです。その利用を促進することで、新たなソリューションが提供できるかもしれません。

International Space Apps Challengeは、オープンな宇宙観測データと市民のニーズをもとに、オープンなテクノロジを使って課題解決を行おうというイベントで、NASAおよびJAXAを始めとした世界各地の政府機関、市民団体の協力により、全大陸および宇宙空間の開発者コミュニティを結び、航空・宇宙データを活用したオープン・ソリューションを開発することを目指しました。米国政府が進める「Open Government Partnership」の一環でもあり、世界中の科学者と市民が一致協力し、政府が保有するデータを活用することで、地上および宇宙空間の課題解決に取り組むことを示す活動です。

Software、Open Hardware、Citizen Science、そしてData visualizationの4つのカテゴリに対してチャレンジを集め、ハッカソンで集まったメンバーがソリューションを提供するためのアプリケーションやサービスを開発します。そのソリューションの中からローカルウィナーを選び、選ばれたウィナーがグローバルコンペティションに参加し、そこから各分野ごとのウィナーが決まるしくみです。

17ヵ国、25都市、2,083人が100個のソリューションを提供

結果的に、111におよぶ組織の協力のもと、17ヵ国の25都市で2,083人がハッカソンに参加し、71個のチャレンジに対して48時間で100個ものソリューションが提案されました。日本地域では60名以上の参加者が集まり、13個のソリューションを提出しました。普段馴染みのないデータについて理解を深めるため、JAXAの協力のもと事前の勉強会なども実施して臨みました。

日本のローカルアワードは、元宇宙飛行士の山崎直子様やJAXA広報部長 寺田弘慈様、東京大学 空間情報科学研究センター 前センター長 柴崎亮介先生、慶応義塾大学大学院の神武直彦先生、日本科学未来館から今泉真緒様に審査をいただき、上位3組、およびJAXA特別賞を決めていただきました。どれも素晴らしい作品ばかりでしたが、その中から入賞作品をご紹介します。

1位『Co-Cupola』

● プロジェクトサイト: http://co-cupola.github.com/co-cupola/

子どもたちが宇宙を身近に感じられなくなっているという問題を解決するためのプロジェクトです。ISS(国際宇宙ステーション)の映像を見ると、写真1のような形の窓(Cupola:キューポラ)があるのがわかります。その窓から地球を眺めたときの景色を、実物大でプロジェクタから投影することで、子どもたちがISSの中から地球を見るのと似た体験をすることができるという作品です。実際に寝っ転がって見てみると、まるで宇宙から地球を眺めているような気分になってきます。

ISSの軌道を計算して、ISSが飛んでいる場所から見た地球の表面(Google Earthの映像)をリアルタイムに表示しています。ソースコードはGitHubに上がっており、プロジェクタとパソコンさえあれば、誰でも楽しめます。実際に体験してみるととても楽しいので、ぜひお試しいただければと思います。全体的な完成度の高さやアイデアの良さが評価され、1位となりました。

写真1 Co-Cupola
写真1 Co-Cupola

2位『LinkAStar』

● スライド: http://www.slideshare.net/miyamamoto/linkastar

東京のような都会ではなかなか星が見えず、山に行かないと天体観測ができません。このままでは宇宙への関心が低下してしまうのではないかという心配を解決するため、人々が感じる夜空へのたくさんの思いを共有するためのサービスとして生まれました。

これは、好きな星にチェックインができ、チェックインした人の間でコミュニケーションができるというアプリケーションです。宇宙版FourSquareのようなものですね。iPhoneを夜空に向けるとそのときにカメラの方向にある星がARで表示され、好きな星を選んでチェックイン、コメントをTwitterやFacebookでシェアすることができます(写真2)。

写真2 LinkASar
写真2 LinkASar

 

3位『astro ornament(Artistic Data Materialization)』

● プロジェクトページ: http://www.idd.tamabi.ac.jp/art/artsat/isac/

宇宙に関するデータを使ってアクセサリや日用品をモデリングし、3Dプリンタを使って実際に製作するというプロジェクトです。

FabLab(ファブラボ)という、3Dプリンタやカッティングマシンなどを備えたオープンな制作工房を提供する場所の方が中心となっていたので、実際に工作機械が持ち込まれていました。天体の座標データを加工して、世の中に1つだけのリングやブレスレットなどを制作できます(写真3)。たとえば、自分の誕生日の惑星の位置情報をもとに立体データを作成し、リングを作成することができます。

この任意の日時の天体の座標を取得して立体データ(.stlファイル)を出力するアプリケーションは、プロジェクトページからダウンロードできます。

写真3 実際に作られたリングの写真
写真3 実際に作られたリングの写真

 

JAXA賞『CONNECT – Magnetic Field Line connect Our Life』

● プロジェクトページ: http://www35385u.sakura.ne.jp/connect/

惜しくも上位3チームは逃してしまったものの、JAXAさんの特別賞を受賞したのが磁力線アプリチーム。地球上に無数にある磁力線をもっと身近に感じ、磁力線の向こう側とつながるサービスです。

地球は巨大な磁石になっており、周辺に無数の磁力線が存在しています。地球のどこかのポイントは、必ずどこか別のポイントと磁力線でつながっています(写真4)。しかし、磁力線というのは目には見えません。そこで磁力線のデータを使って位置を特定し、磁力線の向こう側にある風景や生活を感じることができるようにしました。日本の反対側はオーストラリアだそうで、オーストラリアにある有名なスポットや人々のツイートを見ることができました。

写真4 CONNECT
写真4 CONNECT

 

全体的にレベルが高かった

惜しくも選外に漏れたアプリケーションたちもいずれも完成度が高く、とても2日間(実質的には1日半)で作られたとは思えないレベルのものが多かったです。また、宇宙観測データの扱い方など、チーム間で情報を共有して進めていたところも印象的でした。たとえば、衛星軌道をGoogle Earth上に表示する「Google SatTrack」というアプリケーションを製作された柏井勇魚さん(@lizard_isana)がいらしたのですが、彼が公開した衛星軌道計算ライブラリは多くのチームで利用されていました。

ここでご紹介したもののほかにも、Androidとパソコンをつなげて、ヘッドマウントディスプレイを使って宇宙を散歩できるアプリケーション『Astro Walk』や、Kinnectやヘッドマウントディスプレイを使って小惑星イトカワ上の歩行体験ができる『Itokawa Walker』、ISSから見た地球上にさまざまなデータを貼り付けてビジュアライゼーションする『A View From Space』、宇宙の映像に自分の脳波を重ねあわせて瞑想することが可能な『Galaxy Sexy』、クレーターのAPIをより使いやすくして、さらにクレーター版Instagramなどの付属アプリケーションも作ったCrater APIチームなど、技術的にもレベルの高いものばかりでした。

参加いただいた審査員の皆様からも、とても高い評価をいただきました。すべてのプロジェクトは日本地域のサイトの最新ニュース注1からたどれますので、興味のある方はご覧になってみてください。

グローバルアワードの結果

残念ながらCo-Cupolaチームはグローバルサイトでのアイデア登録を行っていなかったため、日本チームからは2位のLinkAStarと3位のastro ornamentプロジェクトが本選に進みました。両チームともプレゼンテーションの作り直しやプロモーションビデオの作成などを行いエントリーしました。本選のノミネート作品とアワードにセレクトされた作品については、オフィシャルサイト注2で公開されています(図2)。結論から言えば日本の作品は選ばれませんでしたが、アワードにセレクトされた作品は確かにクオリティの高いものでした。そんな中でもastro ornamentは一般投票でも全体7位と、悪くない位置につけていたと思います。

図2 本選の作品たち
図2 本選の作品たち

 

社会的課題を解決するためのハッカソン

今回の2日間だけでも多くの成果が生まれましたが、これらのほとんどのプロジェクトがソースコードをGitHub上に公開し、誰もがアクセスできることも重要だと思います。オープンテクノロジを使ってソリューションを開発し、世界にその成果を公開する。今回のイベントの目的はアワードそのものではなく、そのムーブメントに参加することです。さまざまな人々が集まり、楽しい雰囲気の中課題設定を共有し、それについての意見を自由に交換し、短い期間に集中してソリューションを作り上げる。ハッカソンが持つ力は、多様な人々のアイデアの組み合わせと、短期間でのアウトプットを引き出す部分にあります。

今回このイベントのリードをしていたRandom Hacks of Kindness注3やGeeks Without Bounds注4は、社会的課題をテーマにしたハッカソンを何度も行っています。今回のイベントを通じてそのようなしくみの勉強をさせていただきました。Hack For Japanとしても、今後ハッカソンやアイデアソンを通じて社会的課題をテクノロジーで解決するためのイベントを開催していく予定です。

写真5 1日目の夕食で登場したスペースシャトル寿司写真6 はやぶさケーキ
写真5 1日目の夕食で登場したスペースシャトル寿司写真6 はやぶさケーキ

脚注

注1) http://tokyo.spaceappschallenge.org/category/news/

注2) http://www.spaceappschallenge.org/

注3) http://rhok.org/

注4) http://gwob.org/

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CC-BY-NC-ND

Updated on 12 12, 2012 by Seigo Ishino