この記事は、 技術評論社 Software Design 2012年8月号の転載です。 記事のPDFは こちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。 Hack For Japanエンジニアだからこそできる復興への一歩 “東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。 第8回 復旧・復興支援制度データベース API ハッカソン【その 1】Hack For Japanスタッフ 及川 卓也 OIKAWA Takuya Twitter @takoratta 鎌田 篤慎 KAMATA Shigenori Twitter @4niruddha久しぶりの東京開催イベント Hack For Japanの久しぶりの東京でのイベント は、震災復旧・復興に向けた支援制度のデータベースを活用するためのアイデアソンとハッカソンでした。長いこと、東京ではイベントを開催していな かったにもかかわらず多くの参加者が集まり、大変熱い議論が交わされました。また、当日中に開発が終了しなかったチームの中にはその後も開発を継続 し、約 1 週間後にその成果が公開されるなど、継続した活動となる可能性を強く感じたイベントでした。今回と次回 (9 月号) は、6 月 2 日土曜日に都内で行われた、このイベントの内容を紹介します。 復旧・復興支援制度データベースとは散在する支援制度昨年、3 月 11 日に起きた東日本大震災の後、多くの支援制度が国や地方自治体により整備されました。震災以前よりあるものも含めると、原稿執筆時点の 6 月中旬で 500 を超える制度が用意されています。制度が用意されてはいるものの、それぞれの所轄官庁や自治体が異なるため、一括して制度を探す方法が望まれていました。 復旧・復興支援制度データベース この状況を解決するために、今年 1 月に復興庁をはじめとする関係省庁が連携して立ち上げたのが、「復旧・復興支援制度データベース」というサイトで す (図 1)。個人向けおよび事業者向けに支援制度を関係省庁などから集め、検索可能にしています。もともと、支援制度はそれぞれ条件によって支援内容が変わってくるため、専門家などに相談しながら支援の申請をすることが多く、このサイトも一般個人がアクセスして検索するというよりも、行政書士や税理士などの専門家の方々が用いることを想定して います。この支援制度データベースですが、サイト経由のアクセスだけではなく、さまざまな形のITサービスとして利用者に活用されるようにとの目的で、今年の2月からはさらにRSSやAPIも提供されるようになっています (図 2)。 図1 復旧・復興支援制度データベース (http://www. r-assistance.go.jp/) 図2 復旧・復興支援制度データベースAPI (http:// www.r-assistance.go.jp/about_api.aspx) このRSSやAPIを利用することで、きめ細かい検索を提供したり、制度の紹介を自動的に行うことなどが可能なのですが、多くの開発者にこの存在を認知されているとは言いがたい状況です。 Hack For Japan の Facebook グループ 注1 に、経済産業省の守谷学さんがこのAPIの紹介の投稿をしてから、さまざまな意見や質問が出されていました。多くの人の興味も惹く内容であったため、経済産業省およびこのサイトの運営に協力をしている三菱総合研究所とも相談し、このAPIを題材とした Hack For Japan のハッカソンを開催することを決定しました。 復旧・復興支援制度データベースAPI ハッカソン案内から当日の開始まで 久しぶりの東京での開催ということと、お題が少し取っ付きにくいということもあり、果たしてどの くらいの人が集まるかが正直なところ少し不安でした。しかし、5月15日に開催の案内を Hack For Japan のブログに出し、その後も何回か呼びかけた結果、最終的には 44 名もの方に申し込みをいただけました。 Hack For Japan による従来の東京でのアイデアソンやハッカソンでは、現地や使う人のニーズにあったものを必ずしも開発できていないということが問題になっていました。極端な例で言うと、従来型の携帯電話 (フィーチャーフォン) の利用が圧倒的に多い地域に対して、スマートフォンのアプリケーションを提供しようとするようなことが起き得てしまうのが、過去の東京でのハッカソンではありました。このような反省を踏まえて、今回は参加者に開発者以外の実際の利用者の方を加えました。具体的には、税理士や行政書士の方々です。また、このような活動に純粋に興味があるという方からの申し込みもありました。このような開発者と非開発者が同じ席に着き、震災復旧・復興について考えるというのは貴重な機会であったと思います。しかし、一方で、この 2 つの異なる参加者をうまくまとめるためには、従来の ハッカソンよりも情報共有や議論に時間をかける必要がありました。結果、考えられたのが表 1 のような進め方です。
表 1 当日の進め方 9:30 | 受付開始 | 10:00 | 進め方の説明 | 10:15 | 経産省から API の説明。目的や想定利用ユーザなど | 10:45 | 参加者の自己紹介 | 11:00 | 税理士からのインプット ・被災後の状況 ・支援相談に関して ・復興支援制度 DB について | 11:30 | 質疑応答 | 12:00 | アイデアディスカッション/グループ分け(仮) ・アイデアをすでに持つ人はそれを共有 ・グループ分けをして、グループごとに議論 | 12:30 | ランチ | 13:30 | グループ分け/ハッカソン&アイデアソン ・議論を続けるか、開発できるところは開発を行う ・アイデアディスカッションだけのグループを確保 | 16:00 | 成果披露、質疑応答/フィードバック | 17:00 | 終了 |
途中 2 回グループ分けがあるのは、午後に入って開発に集中するグループができた場合、そこのメンバーとなっていた非開発者の方々が集まり、特定のトピックで議論を行っていただけるようにしたためです。当日は、会場となった三菱総合研究所のオフィスに、週末の朝 9 時半からという開発者にはなかなか厳しい時間にもかかわらず、多くの方に集まっていただけました。 経済産業省からの解説 Hack For Japan スタッフの及川から開催の挨拶と進め方の説明の後、経済産業省の守谷さんより、今回の復旧・復興支援制度データベースの活動の主旨を説明いただきました。 守谷さんによると、震災から 1 年以上経った今でも、被災地に必要な情報の開示や集約が行われていない現状から、国や自治体が発信している情報を一元化しネット上で公開を始めたそうです。先の震災 を契機に開発者との連携を深めたい、また、諸外国の中でも日本はオープンガバメント (コラム参照) と いう活動に関して遅れているのは否めないため、今後一層の推進をしていきたいとおっしゃっていました。守谷さんに続いて、同じく経済産業省の平本健二さんより、復旧・復興支援データベースの説明をしていただきました。 平本さんによると、復興フェーズでの被災者支援制度と支援制度のフォローアップを一体として可視 化していくためのデータベース化、および、制度の見える化サイトの必要性が高まっているとのことで す。具体的には、518 件 (ハッカソン当時) の支援制度や各省庁から被災者向けのハンドブック、自治体の制度がバラバラのフォーマットになっているため、被災者自身によって有用な情報を探すことが難しい現状があるそうです。こうした現状を踏まえ、 国においてオープンガバメントを推進する部門に所属することから、情報が一元化されたサイトを立ち上げ、さらにはデータベースの情報をAPIから取得できるようにし、公開されたそうです。 基本的な使われ方としては、被災者の方が相談窓口などにいらした際に、行政書士さんなどが窓口でデータベースを利用して適用可能な制度を探してい ただく運用を想定しているそうです。使ってみていただくとわかるのですが、必ずしも現状のユーザインターフェースはわかりやすいものではありませ ん。平本さんによると、そのような課題があること は十分に理解しているので、今後はそうしたところの改善も図っていきたいと考えているそうです。 多彩な今回の参加者 経済産業省からの話に続いて、参加者の自己紹介が行われました。先ほど書いたように、今回は非開発者の方も参加しています。全体の比率で言うと、 開発者が 6 割、その他の行政書士や税理士などの方の参加が 4 割といった感じです。 また、国にたくさんある良い支援制度が利用者に届きにくい、わかりにくいという現状を改善すべ く、ユニバーサルメニューといった形で被災者の 方々に支援制度情報をわかりやすく届けるサイト「復旧復興支援ナビ 注2 」を運営されている NPO 団体 アスコエや、今回の復旧・復興支援制度データベースサイトやAPIを開発された函館の(株)マイスターも Skype 経由で参加されました。 現地からの報告 次に、現地からの報告として、いわき市に在住で被災者の方に支援制度を案内している税理士、木幡 仁一さんからお話いただきました。木幡会計事務所 /木幡仁一税理事務所のサイト 注3 では今でも、被災者支援のための制度の案内や被災当時の様子などが掲載されています。木幡さんからは、被災時の様子やその後の税理事務所としての対応などをお話しいただいた後、現地における支援制度の活用状況や課題をお話しいただ きました。国や自治体の用意する支援制度はその種類が多種多様なだけでなく、対象となる支援先の定義も多種 多様であるため、利用に際した判断が非常に難し く、支援制度自体も被災の状況が明らかになるにつ れ、その内容に変更が加わったりもしたそうです。 たとえば、支援制度の 1 つに津波で流された家と 家の境界としてコンクリートの基礎の部分を対象と していたものがあったが、その支援制度ができた当 初は家の基礎の部分は線引きの判断対象には含まれ ていなかったなど、支援制度も運用の実態の中で変 わることもあれば、必要な手続きや中身が簡略化さ れたり、定められた期限が変わったりすることもま まあるようです。 ほかにも支援制度の申し込み案内が細かすぎて、すべてを精査できる税理士さんのような専門家でないと、どの支援制度が良いのかといった判断がつかないものも多数あるのが現状とのことでした。また、制度に申請した後に判明したこと、たとえば不受理の理由などのノウハウが共有されていないことも、支援制度の導入が被災者の間で必ずしも進んでいない理由だそうです。この現地からの報告の後、質疑応答を経て、プロジェクトアイデアを議論しました。議論の結果、9 つのプロジェクトグループに分かれ、仕様の検討と開発が行われました。その模様は次回にご紹介したいと思います。 COLUMN: オープンガバメント
 オープンガバメントとは、透明でオープンな政府 取り組みのことを示します。インターネットを活用することから、Web 2.0 をなぞり、Gov 2.0 とも言われます。 先行する米国では、オバマ大統領が就任直後に「一層開かれた政府」を目指すために、「透明性 (Transparency)」、「市民参加 (Participation)」、「官民連携 (Collaboration)」の 3 原則を表明し、行政の情報公開や市民の政策参加などを推し進めています。アメリカ政府が保有しているさまざまなデータをインターネットを活用して可視化するサイトであるData. gov (http://www.data.gov) の活動が世界からも注目されており、各国でも同様のサイトが立ち上がっています。また、透明性を高めるという意味では、IT Dashboard (http://www.itdashboard.gov/) も有名です。政府の IT 投資の詳細を公開しているもので す。今回のハッカソンの中でもダッシュボードがプロジェクトの 1 つとして提案されましたが、このように国民が状況を把握できるダッシュボードはこれからもっと必要とされるものでしょう。 日本においては、2009 年秋に電子経済産業省アイディアボックスを開始したのが最初です。これは電子政府に関するアイディアを募集する掲示板で、投票機能も提供されていました。Twitter もソーシャルメディ アとして利用していました。現在でもアーカイブがアイディアボックスアーカイブ (http://www. openlabs.go.jp/labs/ideaboxarchive) で見ることができます。 震災以降、政府の持つデータの透明性や民間との連携の可能性が多く議論されてきました。今回のハッカソンも、震災復興という目的と同時に、このような オープンガバメントの日本の状況を知る意味でも大変意義があるものと言えるでしょう。 米国および日本での取り組みは次のサイトから知る ことができます。 ●米国のOpen Government Initiative http://www.whitehouse.gov/open ●日本のオープンガバメントラボ http://www.openlabs.go.jp/ この文書は、クリエイティブ・コモンズライセンスの下に提供されています。 著作者の表示・非営利・改変禁止の条件に従い、この文書を再利用していただけます。 |
Updated on 11 2, 2012 by Kenichi Takahashi