この記事は、 技術評論社 Software Design 2013年2月号の転載です。 記事のPDFは こちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。 Hack For Japanエンジニアだからこそできる復興への一歩 “東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。 第14回 福島のITエンジニアと復興を支援する「エフスタ!!」の活動 Hack For Japanスタッフ 鎌田 篤慎 KAMATA Shigenori 我々、Hack For Japanではこれまでの復興支援にかかわる活動から、東北地方で頑張るさまざまなITエンジニアたちと出会い、その人たちが活動するコミュニティともつながっています。今回はその中から、2009年から活動をはじめた、福島県でひときわ元気のあるITエンジニアのためのスキルアップ応援コミュニティ「エフスタ!!注1」をご紹介します。地方都市での勉強会やイベント運営のヒント、原発問題を抱える福島の現状について、福島の未来を願う彼らの活動と共にお伝えしたいと思います。 「エフスタ!!」との出会い 「エフスタ!!」との出会いはまだ震災の傷跡もなまなましかった2011年7月、Hack For Japanメンバーで仙台在住の小泉勝志郎(@koi_zoom1)さんによる塩釜市浦戸諸島の視察注2で仙台に訪れた際、前日に開催されていたデブサミ東北注3に参加したときのことでした。 セッションの1つにあったITコミュニティによるライトニングトーク(LT)大会で、東北を拠点に活動するコミュニティが行うLTの中でも一番元気があり、それでいて原発事故の影響を受けている福島の現状を切実に訴えるその姿勢、LTの随所に伝わってくる「福島が本当に好きだ」という気持ち、そして猪苗代湖ズの「I love you & I need youふくしま」をメンバー全員で合唱するインパクトは今でも強く印象に残っています。 ちょうどその頃のHack For Japanは、福島県下でのITコミュニティとのつながりが会津地方の方たちを中心としたものとなっていました。福島県は広く、大きく分けて「会津」「中通り」「浜通り」と3つの地方があります。それぞれの地方で気候も大きく違いますし、歴史的に見るともともと異なる土地ということも影響しているのか、同県内のITエンジニアたちの交流自体も進んでいないように感じていました。Hack For Japanとしては会津以外の地方で活動的なコミュニティの方たちともつながりを持つことで、福島県内の3つの地方で効果的に連携をとり、ITによる復興支援活動が拡げられればと考えていたのです。 そこで、このLTが終わった直後に、活動拠点を中通り地方の郡山とするエフスタ!!さんにお声がけさせていただき、それがきっかけで今でも交流が続いています。 「エフスタ!!」とは エフスタ!!誕生の経緯や由来について、代表をつとめる大久保仁注4さんに伺いました。もともとITが好きな大久保さんは、“楽しみを持つ人はそうでない人に比べて20倍も幸せを感じる”という説を知り、ITを楽しんで仕事ができるよう自身が勤めている会社を変えたい、夢と希望を持った技術者を育てたい、そのために教育に力を注ぎたいと考えたそうです。しかし、会社のしくみを中から変えるには時間がかかってしまうという思いから、その活動に加えてさらに視野を広げ、「福島のITが変われば、おもしろくなれば、夢と希望を持った技術者が増える、そして世界を変える技術者がやがて誕生する」という発想から、そうした理念を実現するためのきっかけ作りの場としてエフスタ!!を立ち上げるに至ったとのことです(図1)。 図1 「エフスタ!!」活動理念 また、エフスタ!!の語源は「福島のスタイルを変える」から「エフスタイル」に略され、語呂の良さから今の「エフスタ!!」に落ち着いたそうです。これが今ではエフスタ君といったキャラクターまで誕生し愛されています(図2)。 図2 エフスタ君 地方のITコミュニティが抱える課題 地方のITコミュニティが勉強会やイベントを行う際に、必ずと言っていいほど直面する課題があります。それは「集客」です。これは平日の夜や週末ごとに勉強会やイベントが開催され、参加したいものが重なって両方に参加したいのに参加できない、といった悩みを抱える都内に在住するエンジニアの方たちにはイメージが沸かないかもしれません。 地方都市ではITエンジニアの数も非常に少なく、興味を持つテーマも人を集客するという観点から見ると限られてしまい、勉強会やイベントに人が集まりません。また、勉強会やイベントをやったとしても参加する人が少なければ長くは続かず、さらに勉強会やイベントが開催されなくなるという悪循環に陥りがちです。これはインターネットなどを利用することで空間に縛られずに仕事が可能であるとされるITエンジニアにおいても、いまだにエンジニア人口が首都圏に集中しているからだとも言えます。 そうしたこともあって、地方都市ではイベントを開催する際に著名な講演者を招き、インターネット上で宣伝、告知していたとしても、都内では考えられないほど人が集まらないことがあります。 しかし、エフスタ!!では福島県の郡山という地方であっても、他の地方都市で開催される勉強会では考えられないほどの参加者が集まります(写真1)。筆者もHack For Japanスタッフの西脇資哲(@ waki)さんと共に、Hack For Japanの活動内容の紹介と西脇さんによる「プレゼンテーション・デモンストレーションスキルアップ~エバンジェリスト養成講座~」という講演で、2011年9月に初めてエフスタ!!の勉強会に参加したところ、会場は満員で、参加者も和やかながらも積極的に参加していました。筆者は仕事柄、地方都市での開発者向けイベントにかかわることがよくあります。その経験からして、1コミュニティが主催しているイベントで教室一杯に人が集まり、参加者の意欲、意識も高く、それが自然に運営されているという例は非常に少ないため、そのことに衝撃を受けたのが今でも記憶に残っています。 「エフスタ!!」の集客力 なぜだろうかと不思議に思っていたこの秘密を、大久保さんから伺うことができました。 通常、IT関連の勉強会やイベントを開催しようとしたとき、まず最初に行うのはブログやTwitter、Facebookなどからの告知、IT勉強会カレンダーなどへの登録だと思います。しかし、こうした活動は先ほど挙げた悪循環により、地元の勉強会をチェックするという習慣がそもそもない、あるいはもはやなくなってしまっている可能性が高いという点で、勉強会やイベントの認知度を上げるには向いていないのです。 そこで大久保さんらエフスタ!!のメンバーは地道にIT企業や学校を訪問し、コミュニティの理念と活動を伝え、徐々に勉強会の参加者を増やしていったそうです。それも普通のIT企業や学校は土曜日、日曜日は基本的に休みであるため、メンバー自身の有給休暇を利用して訪問していくといった形で、です。これは誰もができる行動ではありませんが、福島を変えたい、夢と希望を持った技術者を増やしたい、といった思いが通常では考えられないほどの集客数と熱意ある参加者が集まるコミュニティを作ったのだと思います。 こうしたエフスタ!!の活動は地方都市で勉強会やイベントを開催するコミュニティの方にも必ずヒントになるだろうと思っています。 そうして熱意のある福島のエンジニアたちが集い、2009年の立ち上げから軌道に乗って成長してきたエフスタ!!でしたが、2011年3月11日以降、福島を取り巻く環境は他の被災地とはまったく別の大きな問題を抱えたことで、エフスタ!!の活動にも大きな影響を与えたのでした。 写真1 受付に並ぶ参加者たち 「エフスタ!!」とHack For Japan 福島に夢と希望を持った技術者を増やすという目的が、震災後の原発の問題も重なったことで福島の現状を訴えるという使命を帯びたものとなりました。いま、福島県下のいたる所に放射線のモニタリングポストが設置されています。ガイガーカウンタを所持している福島県民の方も少なくありませんし、レンタルビデオ店でガイガーカウンタのレンタルを行っていたり、小学校の運動会も体育館で行っています。 福島では日本の少子化問題に加えて、このような原発の問題により福島の未来を担う子どもたちの人口が急激に減少し、2040年には現在の4割もの子どもたちが福島からいなくなってしまうという予測がたっているそうです。もちろん放射線の影響を強く受けてしまう子どもたちの未来を考えれば仕方のないことなのですが、福島の未来を変えよう、夢と希望を持つエンジニアを増やそうという理念のもとに活動してきたエフスタ!!からすると本当に悲しい現実です。 しかし、常に放射線を意識せざるを得ない現実からも目をそらさず、福島を愛し「震災前の福島を取り戻す」という気持ちで、エフスタ!!は以前からの勉強会に加えて福島の現状を啓蒙する活動を実施しています。そうした中で、冒頭に書いたようにHack For Japanともつながるのですが、エフスタ!!メンバーの影山哲也さんは、震災後も変わらず継続していた運営の中で、福島県外の人が語る「福島の現状」が現実の福島の現状と乖離している点に違和感を感じていました。「これは実際の福島がまだまだ県外の人たちに伝わっていないのではないか? メディアでの原発に関する報道が減少しているからなのではないか」と。この違和感を少しでも解決の方向に向けようと、今回の初のエフスタ!!東京開催へとつながったのです。 エフスタ!!TOKYO開催 2012年12月8日に、都内にて「エフスタ!!勉強会Vol.11 IN TOKYO注5」が開催されました(写真2)。Hack For Japanからは及川卓也(@takoratta)さんによる「見る前に跳べ~ギークの工夫で社会を変えよう~2012年冬」と題して「Developers Summit 2012」で発表された内容のアップデート版での発表が行われました。前述の西脇さんのときのように、エフスタ!!の勉強会では毎回IT業界のプロフェッショナルを招いて講演をしてもらうことで、エフスタ!!に集まるエンジニアたちのスキル、マインドの底上げを狙っています。 エフスタ!!に参加されたことのない方から見ると、ITプロフェッショナルの講演や福島の話となると非常にかたい勉強会という印象を抱かれるかもしれません。これは実際に参加していただくとわかりますが、エフスタ!!の勉強会は非常にアットホームな雰囲気となっています。毎回、福島名物のおやつが配られるおやつタイムもあり、またパネルディスカッションでゲストと参加者を交えておもしろおかしいトークを織り交ぜることで、参加者のみなさんは真剣に聴講することと、会を楽しんでリラックスして参加することの両方ができているのです。 参加者のスキル、マインドを高め、リラックスした後に福島の現状を語る場も合わせて用意することで、参加者に福島にも興味を持ってもらう。初の東京開催となった今回は、エフスタ!!立ち上げメンバーでもある大久保さんと影山さんのお2人の講演で、エフスタ!!の設立した経緯や福島で出会った熱いエンジニアたちの話、そして福島の現状を伝えるセッションでは都内からの参加者も多かった今回に合わせ、東京開催に参加された方たちに期待するところなどをお話しいただきました。 また、福島の現状を伝える福島からの参加者らによるLT大会では、福島各地での線量計の数値を測定して歩いた様子を伝えるビデオや、厳格な食品線量検査の結果、安心して食べられる福島の物産の紹介、エフスタ!!代表の大久保さんへの感謝の手紙など、多種多様な発表がされましたが、そのどれもが福島を愛する気持ちで一杯のものでした。 そして最後にエフスタ!!メンバー全員が前にそろって、メンバーの1人である本多裕幸さんがiPadで演奏する「I love you & I need youふくしま」に合わせて合唱する傍ら、大久保さんによる「震災前の福島を取り戻したい」という気持ちの込められた熱いLTで、初のエフスタ!!東京開催は締めくくられたのでした。 これから長い時間をかけて復興していく福島を皆さんもどうぞ応援ください。 写真2 エフスタ!!勉強会の様子 |
Updated on 6 11, 2013 by Seigo Ishino