この記事は、技術評論社 Software Design 2013年4月号の転載です。 記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。 |
Hack For Japan
エンジニアだからこそできる復興への一歩
“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。
第16回
OpenDataとハッカソンで変わる世界
Hack For Japanスタッフ
及川 卓也 OIKAWA Takuya
Twitter @takoratta
高橋 憲一 TAKAHASHI Kenichi
Twitter @ken1_taka
Developers Summit 2013パネルディスカッション
2013年2月14日と15日に翔泳社の主催による「Developers Summit 2013」(以下、デブサミ)で「OpenDataとハッカソンで変わる世界」というセッションが行われました注1。Hack For JapanからはOpenDataを積極的に推進している関治之がモデレータとして、また、及川卓也がパネリストとして登壇しました。他のパネリストの方々は次のとおりです。
●渡邉 英徳(首都大学東京)
●東 富彦(国際社会経済研究所, Open Knowledge Foundation)
●中井 康裕(経済産業省)
※本文中敬称略
まずは自己紹介も兼ねて各登壇者からそれぞれの取り組みについて話がありました。
OpenDataの拡大とアプリによるフィードバック―関氏
このセッションを通じて、OpenDataとハッカソンでどうやって世の中を変えていくのか、ということを伝えていきたいと考えています。
OpenDataとは、政府や自治体などが持つ公共データをオープンに公開、活用することで、より良いアプリケーションを生み出すムーブメントです。OpenDataが日本でも広がるには、良いアプリケーションが必要です。良いアプリケーションやアイデアは、データの提供側にポジティブなフィードバックを与えます。Hack For Japanでは、OpenDataをテーマにしたハッカソンを何度も開催してきました。OpenDataハッカソンで世界を変える。そのためにはエンジニアが必要なのです。
これまでHack For Japanで開催してきたハッカソンには、エンジニア以外の人も参加しています。社会的課題をテクノロジーで解決するという観点で考えると、OpenDataとハッカソンの相性はとても良いと思います。
project311に見るビッグデータ活用の有効性―渡邉氏
ヒロシマ・アーカイブの作成に関わっています。福島原発からの距離の同心円のマッピングは、Twitterで呼びかけたところ2時間ほどでできました。これは当時1週間で212万回の表示がされています。
昨年GoogleとTwitterが共同開催した「project311」という震災時のビッグデータへの取り組みがあり、東大の早野先生の伝により集められたデータによってできた成果をspeedi.mapping.jpで見ることができます。これを見ると放射性ヨウ素が南に向かって飛んでいたということがわかり、もしこれらのデータが最初からオープンになっていたら被爆量を減らすことができたのではないかと考えられます。
Hack For Japanの活動をふりかえって―及川氏
Hack For Japanは震災直後からハッカソンをITでの復興支援手段と位置づけています。これまでに被災地を含む全国各地でハッカソンを開催し、多くの人に参加していただく中で、常に自分たちに問いかけている重い言葉があります。
それは、「果たしてハッカソンは本当に有効だったのか?」というものです。
これは別の言い方をすると、「もう一度、同じことが起きたときにハッカソンという手法を使うだろうか?」という質問に言い換えられます。実際、スタッフミーティングで私たちはこのことを真剣に考えました。
今回の震災でHack For Japanの活動を通じてさまざまなことを学んだ我々が、今度もし別の地域で自然災害などがあった場合、ハッカソンという方法を使って復興支援を行おうと考えるだろうかという問いが、ハッカソンに対しての振り返りをするには必要です。活動当初よりさまざまな人に、IT支援と口で言うのは容易いが、それを完遂するのは難しいと言われてきました。多くの人が瓦礫処理をしている横で、スマートフォンで、タブレットで、デジタルカメラを抱えて自分が何をできるかを考えなければいけません。
IT支援というのはそれほどまでに、成果を生み出すことが難しいものです。
さらに、ハッカソンを開催する際に、それを声高には叫ばなかったにせよ、少なくとも心の中では「このイベントを楽しんでほしい」というメッセージを常に持っていました。それは、ハッカソンというものがそもそもは楽しむイベントであるからです。技術者が集まり、あるテーマを元に限られた時間で腕を競う。それがハッカソンです。基本的には楽しいイベントです。果たして、この「楽しむ」というイベントが震災復興支援の手段として適していたのかどうかは反省しなければなりません。
そのような「楽しむ」というハッカソンの精神は残したまま震災復興支援活動を行いたいと考えていたのですが、このように自己矛盾を抱えたままで実施したためか、今に至るまでその注目度と比較すると、目に見える成果はあまり多くないと自分たちでも認めざるを得ません。しかし、それでも、ハッカソンという手法は条件をきちんと整えたならば、震災復興支援という活動にも有効だと考えます。
図1は2011年の4月にはスタッフで共有していたもので、当初のHack For Japanのサイトにも掲載していたものです。この図には、プロジェクトを遂行するに際しての必要な要素である、プロジェクトメンバー、技術(データとツール)、そして実際にそれが使われるための被災地との連携が描かれています。ハッカソン成功に必要な条件とは、実は当初考えていた、この図に描かれていたのです。
Hack For Japanのハッカソンには熱意のある人が多く集まってくれましたが、プロジェクトによっては必要なメンバーが欠けていることがありました。デザインができる人がいなかったり、プロジェクト・マネージメントの経験のある人が不足していたり。そのようなメンバーのマッチングを行うことも本来、スタッフ側でもう少し考慮すべきでした。
必要な技術面のサポートについては、クラウドベンダーを始めとして、実は多くのベンダーから無償サポートの申し出を当初からいただいていました。それを十分に使い切れなかったということも反省点として挙げられます。
また、途中から被災地でのハッカソンを行うなどして実際のユーザに対する意識を強めてはいたのですが、未だに被災地が必要なものを組み上げるようなベストなアプローチを提示できていません。実際のユーザの声を聴く手段を用意すべきでした。
Hack For Japanの活動と並行して、ほかの団体のハッカソンや同様のイベントに参加しましたが、そこからも多くを学びました。その1つにメンタリング注2の必要性があります。「Startup Weekend」という活動注3は、2日半でスタートアップのシミュレーションを行うことができるものですが、ここでは2日目の午後にメンタリングテーブルと言って、さまざまな専門家に相談ができる場が提供されています。法律の専門家、ベンチャーキャピタル、技術の専門家などがボランティアベースで相談に乗ります。Hack For Japanのスタッフ間でもこのようなメンターの必要性は議論されたことがあったのですが、実現には至りませんでした。
そして何よりも、データの必要性。とくに当初のハッカソンでは、必要なデータがないために開発できなかったものが多くあります。今日のテーマともつながりますが、OpenDataが用意されつつある今ならば、ハッカソンはより有効であるはずです。
整理すると、データ(OpenData)、メンター、そしてユーザの声。これらをきちんと整えることでハッカソンは実社会に役立つものを開発する手段となりえます。
OpenData活用の3つのポイント―東氏
NPO法人のETIC.注4などと一緒に社会起業の活動をしています。Open Knowledge Foundationの日本支部注5(本部はイギリス)もやっており、今年初めくらいにようやく機能してきました。
OpenDataの3つの目的に沿って海外の事例を紹介します。
①政府の透明化
「Ad Hawk:政治広告の監視」
テレビやラジオの音をスマホで録ってサーバにあげると、それが政治広告かどうか判定して返してくれる
②公共サービス向上
「Love Lewisham:市民参加型環境向上」
不法投棄されたマットレスを発見した市民からのレポートで、当局が対処中かどうかわかるようになっている
③経済活性化
「Total Weather Insurance:農家向け収入保障保険」
“データを公開するのはいいが、ビジネス的にどうなんだ?”という問いは必ず出てくるが、その答えのひとつ。元Google社員が起こした会社ということもあってシミュレーションの仕方が半端ないレベルで行われており、10兆地点の気象シミュレーションポイントを元にしているとのこと
政策としてのOpenData―中井氏
経済産業省の情報プロジェクト室に所属しており、G空間注6情報の活用や、使いやすいデータをどうやって出していくのかなどを進めています。
OpenDataへの取り組み状況
昨年3月から政府全体でOpenDataに取り組むことになりました。個人情報の問題もあるのでできるところからという状況です。また、公共データWGの中で経産省の持っているデータを試行的に出してみて、これを政府全体の話に持って行くための試行的取り組みもしております。昨年12月には電子行政OpenData実務者会議を設置し、2013年度以降どのように進めていくかロードマップを作成中です。
ほかにもOpen Data METI注7サイトを設置して、Creative Commonsによってデータの再利用をしやすくし、DATA METI活用パートナーズの募集、実際にデータを活用できる人を募集しています。執筆時点の2013年2月20日現在、オープンデータアイデアボックス注8には、292名の方が登録、83のアイデアが登録されています。
OpenDataはどうあるべきか―パネルディスカッション―
5人の登壇者の話が一通り終わった後、Hack For Japan 関のモデレートでパネルディスカッションへと移りました。
関:データを出す側の話をもっと聴きたいのですが、経産省としてはどういう計画があるのでしょうか。
中井:PDF形式になっているものを機械可読可能な状態、検索可能な形にしていきたいと考えています。中には法律、条例などで公開が難しいものもあります。
関:どの組織がどういうデータを持っているのかというのはまとまっているのでしょうか。
中井:正確に把握している人はほとんどいないのが実情です。まずは棚卸しするところからです。省庁のほかに、独立行政法人もその対象として考えています。
関:我々が行うハッカソンからのアウトプットは役に立つものでしょうか。
中井:もちろん役に立ちます。あるとないとでは大きく違います。
及川:OpenDataと言った場合の、「Open」と「Data」を分けて考えてみると良いのではないかと思います。つまり、「Closed」な環境でさえ「Data」が使えるようになっていなかったならば、「Open」にしようとすることは無理なのではないか、もしくは厳しい言い方かもしれませんが、使えないデータを公開するだけのことになってしまわないかと思います。
このように考える背景には、昨年に行った復旧復興支援制度データベースAPIハッカソンでの気付きがあります。このハッカソンでは、すでに用意されているAPIを利用したのですが、APIが残念ながら使い物にならなかったのです。多くのエンジニアが集まったにもかかわらず、1日のハッカソンで完成したアプリケーションは皆無でした。たとえば、データのフォーマットがまちまちであったり、必要なAPIが用意されていないなど、実際に使うという観点で見た場合に足りないものだらけでした。半角や全角が統一されていなかったり、日付も西暦や元号が混ざっていたりしました。
関:やはり生まれたものを育てていくプロセスが重要だと思うのですが、我々のハッカソンでアイデアは良いけどハッカソン終了後に続かなかったものがいくつかあります。
東:ハッカソンはとてもいいのですが、プロジェクトに命をかけるほど深刻な課題を抱えている人がもっと必要なのではないでしょうか。参加者に当事者意識が弱いと、終わってしまえば人ごとになってしまいます。各地域で、本当に困っている人たちが集まってハッカソンをやると良いと思います。それを解決するにはどうすれば良いか自分たちで考えるはずです。
関:継続して進めていくには、いかに自分ごととしてかかわれる人がプロジェクトの中心にいるか、ということが重要だと思います。
最後に
この号が出る頃には終了していますが、2月23日には「International Open Data Day in Japan」も開催されます。Hack For Japanでもこのイベントに協力していますので、本連載でもレポートする予定です。
最後に、このセッションは次の言葉で締めくくられました。
世界をよりよい場所に変えるのは、あなたです!
脚注
注1)スライドはこちらにあります。 http://www.slideshare.net/hal_sk/open-data-16547949
注2)助言者(メンター)と対話を行うことで、気づきと助言による被育成者本人の自発的・自律的な発達を促すという、人の育成・指導方法のひとつ。
注5)OKFJ http://okfn.jp/
注6)政府が打ち出した次世代の地図や位置連動システムを表現するための言葉。
注7)DATA METI構想:公共データの提供、技術や制度の検討、ポータルサイトの構築、ユースケースの創成と共有、国民や事業者による利活用、ニーズや課題の把握、というサイクルをできる限り短いサイクルで回す。
Updated on 6 11, 2013 by