Software Design 連載 第39回 地方のコワーキングスペース

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2015年3月号の転載です。記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第39回

地方のコワーキングスペース

Hack For Japanスタッフ

佐々木 陽 SASAKI Akira
Twitter @gclue_akira

鎌田 篤慎 KAMATA Shigenori
Twitter @4niruddha

小泉 勝志郎 KOIZUMI Katsushiro
Twitter @koi_zoom1

高橋 憲一 Takahashi Kenichi
Twitter @ken1_taka

ここ数年コワーキングスペースと呼ばれる場所が増えてきていますが、その勢いは東京のみならず地方にも広がっているようです。そこで今回はHack For Japanと交流のある福島県と宮城県のコワーキングスペースについてご紹介したいと思います。

福島県のコワーキングスペース

学生や熟練エンジニアを巻き込む会津若松市のスペース

Fab蔵は、2014年6月に福島県の会津若松市にオープンしたものづくり支援施設です。名前のとおり、“Fabrication(=製造)蔵”です。築120年の蔵に、レーザーカッター、3D Printer、簡易リフロー、電動ミシン、電動工具などを設置し、IoTなものづくりを支援しています。

会津若松市では1960年代から半導体産業を中心に工場の進出が活発でした。しかしながらここ10年で、ピーク時と比較して製造品出荷額、従業員数ともに半減しています。これは半導体関連産業での規模縮小が要因で、多くのエンジニアが職を失ったことになります。 1993年には会津大学が日本初のコンピュータ専門大学として設置され、コンピュータアーキテクチャー全般のユニークな授業が実施されています。

そして2011年3月11日、東日本大震災が発生します。会津若松市は震度5強程度で大きな被害は発生しなかったのですが、100km程度離れた沿岸部の被害は甚大で、原発事故が発生しました。原発事故の放射能の値を計測するためにはガイガーカウンターという計測機が必要だったのですが、当時は買おうとしても在庫がなく、値段も2倍、3倍に跳ね上がっていました。

そんな中、Hack For Japan主催の意見交換会が2011年4月25日に会津大学で開催されました。そこに自作ガイガーカウンターを持参して参加してくれた福島市在住の寺脇さん(株式会社シーエー)と筆者(佐々木)が共同で、Android端末にBluetooth経由でガイガーカウンターを接続し、その値をAndroidの画面に表示させることに成功します。見た目はかっこよくありませんが、自作ガイガーカウンターです。

それがキッカケとなり、Hack For Japanや日本Androidの会のコミュニティやTwitterの力で、日本中の自作ガイガーカウンター愛好家とのやりとりが始まります。その中で四国在住の今岡さん(今岡工学事務所)と河野さん(オープンフォース)が、2011年6月11日に四国から会津若松に駆けつけ、ガイガーカウンターを自作する「福島ガイガーカウンター勉強会」を会津で開催することになります。勉強会はWorkshop形式で実施し、40名参加のもとで、自作したガイガーカウンターを持ち帰ってもらうことに成功しました。これが、会津で開催されたはじめてのIT系ハードウェア勉強会となりました。

このようにガイガーカウンターを通して、緩やかにハードウェアを自作するコミュニティが会津若松を中心に形成されていくことになり、2012年には筆者(佐々木)の会社であるGClueの社内を改造して「Open Hard Cafe」という3D Printerや中国から輸入したレーザーカッターを備えた自作Fabスペースをオープンすることになります。小規模なFab設備ではありましたが、そういった試みの積み重ねを通して2014年6月に会津若松市の支援のもとで、Fab蔵をオープンするに至りました。

ものづくりイノベーションのハブを目指すFab蔵

Fab蔵での活動は、よりオープンであるべきと考えています。オープンソース・ハードウェア(OSHW)基準書1.0に記載のあるとおり、「オープンソース・ハードウェアは、設計図のオープンな交換による知識の共有と商品化を奨励すると同時に、テクノロジーを統御する自由を人々に与える」べきであると考えています。テクノロジーには、オープンとクローズの適度なバランスが重要で、原発事故と向き合わなければいけない福島県は、この適度なテクノロジーのバランスを、人材育成を通して根付かせる必要があると考えています。また、会津若松という土地柄、規模が小さくなってしまった半導体産業ですが、そこで仕事をしていたエンジニアはたくさんいるはずです。そして会津大学をコアとした学生や、教授陣、地元ベンチャーとのものづくりを介した交流を通して、Fab蔵が新しいものづくりのイノベーションのハブになれないかと考えています。

そんなFab蔵のターゲットは、OSHWを軸にしたIoTイノベーションを会津若松で加速することです。そのためには、最初に一緒に戦える仲間を作る必要があります。そこで、週2回程度のWorkshopと、月2回程度の講演会、月2回程度の60歳以上のエンジニアを講師に招いたWorkshopを実施しています(写真1)。WorkshopではOSHWを用いた勉強会を、講演会ではIoTの先駆者たちに会津若松に来ていただいて講演してもらっています。また、60歳以上のエンジニアを講師に招いたWorkshopでは、地域に埋もれているものづくりのノウハウを継承することを目的としています。

写真1 Arduino入門Workshopの様子

写真1 Arduino入門Workshopの様子

Workshop(週2回)の例
・Arduino互換基板を作ろう(オリジナルArduino互換基板を自作)
・3D Printerを作ろう(3D Printerをコントロール基板から作成)
・ロボットカーを自作しよう(Fab蔵オリジナルロボットカーを自作) 60歳以上のエンジニアを講師に招いたWorkshop(月2回程度)の例
・ロボットカーをハックしよう
・イヤホンアンプの構造を知ろう

講演会
・Fab蔵 IoT Night

また、現在進行中の試みとしてハードウェアの地産地消のトライアルをしています。Fab蔵のWorkshopで使うハードはすべて、回路設計/基板製造/部品実装をオリジナルで行っています。ハードウェアの地産地消を確立することで、地域に根付いた新しいオープンソースハードウェアの産業を起こせないかと考えています。

ハードウェアの地産地消(Fab蔵)
・Arduino互換ボードをFab蔵講習会では使用、地元の高校に無料配布
・3D Printerを自作

これらの活動は、すべてFab蔵Docsのページにチュートリアルという形で、Creative Commons 2.0のライセンス化で公開しています。Fab蔵では、OSHWを軸にしたIoTイノベーションを、会津若松の保持している地域リソースを最大化することで実現しようと考えています。ぜひ、福島にお越しの際は、Fab蔵へお立ち寄りください!

起業家を育成する郡山市のスペース

福島県は非常に広く、先にご紹介した会津のFab蔵のほかに、中通り、浜通りといった他地域の中にもコワーキングスペースが徐々に誕生しつつあります。昨年11月には株式会社ツクルバが全国にフランチャイズしているコワーキングスペース「co-ba」の新しい拠点として、郡山市に「co-ba koriyama」がオープンしました(写真2)。郡山を中心に活動している一般社団法人グロウイングクラウドが運営を担っています。

写真2 co-ba koriyamaオープニング時の様子

写真2 co-ba koriyamaオープニング時の様子

グロウイングクラウドは、復興・地域活性化に欠かせない要素の1つとして起業家の育成を掲げています。創業を志す人の情報収集・人脈構築・スキルアップ・創業相談・起業練習の場として、郡山市創業支援事業「フロンティア.netこおりやま」の受講者には受講期間中はco-ba koriyamaを無償で提供しているそうです。こうした起業家を支援する土壌は各地にも拡がりつつあります。  また、その利用者は学生から年配の方まで多岐にわたり、co-ba koriyamaの象徴でもある卓球台が、異なる目的を持ってco-baに訪れる人たちのコミュニケーションにも一役買っているとのことでした。

コワーキングスペースのオープンラッシュか!?

同じく福島県郡山市を中心に活動しているITスキルアップコミュニティ「エフスタ!!」の大久保仁代表によると、本誌2014年10月号で紹介したエフサミが大盛況だったこともあってか、ここのところコワーキングスペースの運営を考えている団体からの問い合わせが増えてきているそうです。

そうしたコワーキングスペースの運営を検討しているNPO法人や団体はさまざまな業種のコミュニティに対し、ニーズをヒアリングしているとのこと。東北だけに留まらず、東京などでも活動しているエフスタ!!のようなコミュニティの存在は、コワーキングスペースの立ち上げを検討している団体からすると、利用者として重要な存在なのかもしれません。そして、コワーキングスペースの認知度が低い状態をいち早く脱するために、クリエイターからの認知獲得の必要性が団体の方とのやりとりを通して伝わってくるそうです。エフスタ!!としてもそうした機運を活かし、エンジニアの気持ちにも火をつけ、活動が活発ではない地方という問題に対して、福島の土地から、いかに盛り上げていくかということを考えているとのことでした。

もしかすると、2015年の郡山はコワーキングスペースのオープンラッシュになるかもしれません。

宮城県のコワーキングスペース

バラエティ豊かな仙台市のスペース

仙台にもコワーキングスペースが増えつつあります。仙台駅から歩いて行ける範囲でも「クラウドガーデン」「ソシラボ」が、少し離れて「ごくり」「ノラヤ」「ココリン」「mag」があります。今回は仙台のコワーキングスペースの中でも特徴的な「ごくり」と「mag」を紹介します。

ごくり

ごくりはファイブブリッジという地域活性化をはかる拠点に作られたコワーキングスペースで、ワンドリンクで滞在できるユニークな料金体系です。300円のほの香コーヒー、200円の緑茶・紅茶などがあります。

料金体系以上の特徴がごくりにはあります。それは「動画配信するための設備があること」。ここで収録・配信されるUstream番組も多くあります。IT系の番組もあり「東北ITニュース」という東北のITコミュニティの活動を紹介する番組も月に一度配信されています。

この番組は毎月第3日曜(変動あり)の20:00〜22:00に配信されています。このときもドリンク代のみでごくりに訪れての観覧も可能です。予定が合う方は参加してみてはいかがでしょうか。

映像設備レンタルもあり、映像設備は1時間2,000円、オペレーターも1時間2,000円となっています。Ustream配信ありのイベントを行うのに非常に適したスペースです。

mag

コワーキング・カフェmagは仙台駅からは離れた南光台というところにあるコワーキングスペースです。コワーキングスペースとしては異色の「マンガ、アニメ、ゲーム」を題材としていて、実は「mag」という名前もこの頭文字をつなげたもので、プラモショップの隣という立地もあってか、プラモとコワーキングスペースの特性を活かした「プラモソン」というイベントも行われています。

また、magは萌えキャラの拠点としての活動もしていて、各種イベントには萌えキャラのショップを出展しています。扱っている萌えキャラには東北ずん子のほかにも、本誌2014年8月号の本連載記事にも載ったハッカソン「島ソン」で生まれた「渚の妖精ぎばさちゃん(TwitterID @gibasachan)」も扱われています。

隣のプラモショップで買ったプラモを作る人や、萌えキャラのグッズの作業をする人たちが多く集まるコワーキングスペースです。同好の士を探すのに訪れてみてはいかがでしょうか。

地元民への教えを歓迎する石巻市のスペース

伊藤学

石巻市にある「伊藤学」は、Hack For Japanにとって毎年夏の恒例イベントとなっている石巻ハッカソンの運営母体でもあるイトナブ石巻が開設したコワーキングスペースです(写真3)。2014年7月にできたスペースで、石巻ハッカソンや定期的に開催されている東北TECH道場の石巻道場の場所にもなっています。ほかにもさまざまなイベントの会場となることも多く、1週間に渡って東京のIT企業の合宿が行われたり、2014年12月には情報レスキュー隊であるIT DARTの稼働検証のための訓練もここを本部にして行われました。

写真3 イトナブのデザイナーによる季節ごとに変わる看板が皆さんをお迎えします

写真3 イトナブのデザイナーによる季節ごとに変わる看板が皆さんをお迎えします

このコワーキングスペースの最大の特徴はその料金体系です。1日1,000円、5日分の3,000円のチケット、1ヵ月で6,000円という料金が設定してあるのですが、イトナブに出入りする地元の若者に何か(開発、デザイン、人生など)を教えてくれた場合は利用料金が無料となります。地元の若者が活躍できる環境を作るのが目的でもあるイトナブにとって、外からやってきた人に何か教えてもらえるということは、この上ない良い刺激となるためそのような形式をとっています。

この号が発売されるのは2月中旬、その時期の石巻は雪は少ないもののとても寒いのですが、元気のよい若者と、こうこうと燃えるペレットストーブがこのスペースを暖かい場所にしてくれています。

最後に

ここまでご紹介したように、それぞれの場所で特色のあるコワーキングスペースが誕生してきています。福島や宮城にお出かけの際はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。東京にはない新たな出会い、可能性が見つかるかもしれません。

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CC-BY-NC-ND

Updated on 2 24, 2013 by Seigo Ishino