この記事は、技術評論社 Software Design 2015年8月号の転載です。記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。 |
エンジニアだからこそできる復興への一歩
“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。
第44回
CIVIC TECH FORUM 2015 レポート
Hack For Japanスタッフ
関 治之 Hal Seki
Twitter @hal_sk
2015年3月29日、東京の科学技術館で「CIVIC TECH FORUM 2015」が開催されました。今回はこのフォーラムで行われたいくつかのセッションをピックアップし、日本でのシビックテック活動の一端をお伝えします。
世の人にテクノロジをもっと活用してもらうには
Hack For Japanの関です。何度か本連載でも紹介していますが、筆者はCode for Japanという団体の代表理事もしています。Code for Japanは、「シビックテック」という新しい社会的な動きを推進するための活動を行っています。「CIVIC TECH(シビックテック)」とは、市民がテクノロジを活用して、公共サービスなどの地域課題解決を行うことを指す言葉です。
・地方自治のありかたを、ITを使ってバージョンアップさせるような取り組みやサービス
・これまで行政が担っていた公共サービスを、地域コミュニティがITを使って効果的に運用する取り組みやサービス
・地域コミュニティ内で官民問わず多様なプレイヤーが協働しながら地域課題を解決する取り組み ・地域のリソースを効率的にシェアするようなサービス
・自治体が情報プラットフォームになり、そこから生まれる新たなサービス などが当てはまります。
本稿では、シビックテックを盛り上げる目的のために、今年3月に東京・千代田区の科学技術館で開催された「CIVIC TECH FORUM 2015 公共とITの新しい関係」についてのレポートをお送りします。筆者はこのフォーラムの実行委員の1人でもありました。
シビックテックは市民主体の多様なムーブメントである点、まだ黎明期であり明確な事例があまりない点から、今回のフォーラムでは地道に地域で活動をしている人達をなるべく多く集め、参加者と登壇者、参加者同士の交流を重要視していました。講演セッション以外にも、子供でも参加できる電子工作ワークショップや交流スペース(写真1)、講演の模様をイラストを使って表現するグラフィックレコーディング(写真2)など、さまざまな仕掛けを取り入れています。
このフォーラムの詳細なレポートは、メディアパートナーであるfinderさんのほうで公開されていますので、興味を持たれた方はぜひ訪れてください。
シビックテックとオープンソース文化
オープニングセッション「シビックテックは何をもたらすのか?」では、筆者のほうからシビックテックとオープンソース文化の関連性について解説させていただきました。筆者のシビックテックに対する目覚めは、震災直後に始めたsinsai.info(クラウドソースによる震災情報収集サイト)の活動であり、Hack For Japanの活動の中でのさまざまな人々との対話でした。技術はツールにしかすぎません。技術が正しく使われるには、地域の課題やニーズを、地域に入っていくことで把握し、地域の人達が主体的にITを活用するための手助けをする必要がありました。また、活動の中でこれまでブラックボックスだった行政のしくみを知ることができました。
活動の中で、さまざまなステークホルダーが、それぞれの活動の制約の中で新たな解決策を作ることの重要性を知りました。そういった活動に面白さを見出したのと同時に、自治体がITをもっと戦略的に活用することによる社会的なインパクトを感じたからこそ、Code for Japanの活動につながっています。
講演の中では、コードを書くことやテクノロジ活用といった“How”ではなく、エンジニアリング的な思考と、オープンソースコミュニティ文化こそシビックテックの力だと伝えました。GitHubを使ってIssueの共有がされたり、Pull Requestを通じてこの流れが加速したり、といった部分こそがテクノロジの強みであり、その文化が、エンジニアだけでなくもっと多くの人に伝播していく。10年、20年といったスパンで見ていけば、このようなオープンソース的な考え方が、一般の人たちの中でも普通になる世の中が作れると感じています。
コミュニティデザインの重要性
その後のセッションでは、東京大学工学部都市工学科の小泉秀樹先生から、『地域を支えるコミュニティの変遷とこれからの姿「産官民の関わり合いに今起きている変化」』という講演をしてもらいました。シビックテックで忘れてはいけない要素、それはコミュニティビルディングです。市民のためのテクノロジである以上、技術者だけの活動だけで満足するのではなく、多様な人達の中に入っていき、課題を定義し、解決に向けた持続的な体制を作っていく必要があります。IT技術をどう使うかということだけではなく、従来のコミュニティデザイン論を学ぶことで、シビックテックをどのように社会の中に実装していくのかのヒントにしたいと思い、コミュニティデザインに造詣の深い小泉先生に基調講演をお願いしました。
コミュニティとは?という定義から始まり、自治会などに代表されるような地縁型のコミュニティから、NPOに代表されるようなテーマ型のコミュニティの誕生、そして現代的なコミュニティデザイン論の必要性などについての解説がありました。また、事例として紹介された、神戸市の真野地区や世田谷区の太子堂などでの住民たちによるまちづくりなどから、課題やビジョンを共有し、多様な住民が共に課題解決を行っていくための具体的な手法、ステークホルダー分析、ワークショップ、アウトリーチなどが紹介されました。
日本では、コミュニティマネージャーという職種があまり重要視されない側面があり、来場者もあまり体系立った話を聞いたことがない方が多く、勉強になったという意見が多かったです。 続くセッションでは、ルームを分けて、地域のコミュニティ活動をやってきた人々のセッションと、スタートアップとしてサービスを全国規模、世界規模にスケールさせていくようなことを模索する人々のセッションを行っていきました。
公と共の担う役割に変化が起きている
地域コミュニティ活動側のセッションからは、株式会社巡の環の信岡良亮さんの、『公共とITのあたらしい関係「公と共の担う役割に変化が起きている」』を紹介します。
セッションでは会場全員に立ってもらい、『「海士町がどこにあるかわからない人」に手を上げさせ、全員手を下ろすことができるまで座れない』というゲームから始まりました。そのルールが提示されると、海士町の位置を知っている人(手を上げていない人)が知らない人(手を上げている人)に海士町の位置を教え始めます。そのうち、海士町の場所を叫んで教えるような人も現れました。
じつは、このとき起きたことが、まさに公と共の話でした。一定の人が集まって生まれた場である「共」の課題は、その場の関係者の中で解決ができるのです。「公」である役所と、「共」を担う人々が合わさって「公共」なのに、いつのまにか公共サービスは「公」のみがやるものという考えになってしまった。「公共サービスがなくなるという言葉を耳にするけれど、公と共とは別のもの。公=Public(役所)の反対は『私=Private』であり、共は私たちのことで『Commons』です。公のサービスがなくなっても、人が存在すれば共というサービスはなくならないはず」という考えを教えてくれました。
少子高齢化と、それに伴う税収の低下により、公のサービスができなくなってきたとき、公に不満をぶつけるのではなく、「共」の枠組みを自分達で考え手を動かしていく。そういったときにシビックテックが必要とされるということでした。
「シビックテックスタートアップ」は成り立つのか?
欧米ではシビックテックは成長市場として認知されており、米国におけるシビックテック市場の市場規模は2015年で65億ドル、2013年から2018年にかけて、既存のIT投資に比べ14倍早く成長するという調査結果も出ています注1。そのような市場環境のもと、外部から投資を受け早いスピードで成長する会社「シビックテックスタートアップ」が出始めています。一方、日本ではシビックテックは市場としてはまだ認知さえもされていません。
筆者の担当するもう1つのセッションでは、日本でも上記のような市場が生まれるのか?というテーマについて、パネルディスカッションを行いました(写真3)。パネラーとして、世界的にもシビックテックの分野をリードしており、Google Impact Challengeという、最大5,000万円の助成金をNPOに支援する施策を日本で開始したばかりのグーグルの恩賀氏、日本を代表する大手企業の中で、共創をテーマにしたメディア「あしたのコミュニティラボ」を運営し大企業のオープンイノベーションをリードする柴崎氏、2015年を「シビックテック元年」と位置づけ、シビックテックフォーラムのセッションでもこの領域への会社としてのコミットを宣言したリクルートの麻生氏、そして起業家育成を20年にわたり行ってきたNPO法人ETIC.から佐々木氏に登壇いただくことにしました。
セッション後半にパネラーが共通して語ったのは、「身近な課題解決」と「インパクト思考」とのバランスでした。シビックテックコミュニティやNPOは、ともすれば目先の身近な課題解決にフォーカスしすぎて、スケールするビジネスモデルが考えられていない場合があります。一方で、スケールやインパクトばかりのいわゆる“Big Thing”ばかり考えていても、現場感が失われた魂の通わないものになってしまう。起業家側にとってどちらが大事かと言えば、「この課題を解決したい」という情熱と、「実際に解決できている」という部分が、スケーラビリティよりも大事だという点で意見が一致しました。儲かるかどうかではなく、本当に役に立っているかが重要であり、それをスケールするしくみはパートナー企業側でも考えられるというわけです。
起業家側はあまり小利口になる必要はなく、真摯に課題について向き合い、愚直に活動をやり続けること、そして、その動きの延長線をはるか高みに持っていくインパクト思考との両立を意識することが大事なのだと感じました。そして、そんな活動を応援する企業や社会的なしくみは今後増えていくのだろうと思います。
シビックテック大国の、ちいさな取り組み
基調講演として、シビックテック先進地として名高いシカゴから、Smart Chicago Collaborativeのクリストファー・ウィテカー氏に、シカゴ市でのシビックテックの取り組みについて発表していただきました。
ウィテカー氏はもともとエンジニア出身ではなく、イリノイ州政府の職員として働いていました。しかし、旧来型の行政システムと、iPhoneやFacebookなどといった新しいITシステムとのギャップに疑問を感じ、ハッカソンなどのイベントに参加するようになります。その中で技術者と交流するうちに、コミュニティメンバーの中心的存在となっていったそうです。そして今では、シビックテックのコンサルタントとして自身でCivicWhitaker社を設立、シカゴ市のシビックテックコミュニティでも重要な存在となっています。
シカゴでは、このコミュニティ活動の推進を支援する財団などもあり、地域をあげてシビックテックを盛り上げるためのエコシステムができているということでした。また、ウィテカー氏は「オープン・ガブ・ハックナイト(The Open Gov Hack Night)」というイベントをシカゴ中心部に位置するコワーキングスペースで毎週開催しており、行政、企業、市民団体から広く参加者を募り、エンジニアとデザイナー同士をつなぐことの重要性を語りました。ウィテカー氏は、エンジニアと行政両方の気持ちがわかる、双方の「翻訳者」としての存在がシビックテックコミュニティには重要であると言います。シビックテックを通じて良い地域コミュニティを作るためのヒントがいろいろ散りばめられた講演でした。
今こそシビックテックに目覚める時
いかがでしたでしょうか。これからの社会の中で、シビックテック的な考え方は非常に重要なものになっていくと思います。今このような動きにかかわっておくことは、皆さんの将来の可能性を大きく広げるものだと思っています。エンジニアだけでなく、だれでも活動に参加することができます。
本稿で紹介したのは、フォーラムのごく一部のセッションのみであり、まだまだたくさんのテーマが語られています。ご興味をもってくださった方はぜひフォーラムのサイトを訪れていただき、他のセッションも見てみてください。セッションの動画なども公開されています。
Code for Japanの活動にも興味をもってくださった方は、Facebookページにも訪れていただけましたら幸いです。
脚注
注1) 参照:Knight Foundationによるレポートhttp://www.knightfoundation.org/features/civictech/
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