「Hack For Japan 3.11 3年のクロスオーバー振り返り」レポート(その1)

先日にお知らせしました東日本大震災から3年目となる節目の2014年3月11日に開催されました3年のクロスオーバー振り返りイベントの様子を数回に分けてレポートしたいと思います。


今回のクロスオーバー振り返りではGoogle+ハングアウトオンエアを利用し、宮城県からは仙台と石巻の2会場、岩手県からは釜石、福島県からは中通りの郡山、浜通りの南相馬、会津のそれぞれにある3会場、その他、東京、大阪、海外のシドニーから、それぞれ中継で各地で活動する開発者達を繋ぎました。


レポートの1回目は宮城県からの発表の様子をお伝えしたいと思います。

被災地への黙祷と主旨説明

このイベントのファシリテーターは宮城県で活動するHack For Japanのメンバーでもある小泉さん(@koi_zoom1)さんの挨拶から始まり、各会場の様子を中継して、一通り会場に集まった参加者の様子を映した後、小泉さんの合図で各会場にて黙祷を捧げました。


振り返りでは、ひとり10分を目安に各会場の代表者が、これまでの活動の振り返りを発表するスタイルを取りました。この3年間の活動を振り返り、良かったところ、不味かったところを共有することで、これからの活動のヒント、各地の活動で得られたナレッジを得ることを目指しています。


笑顔と共に立ち上がる塩竈

トップバッターはファシリテーターを務める仙台会場の小泉さんから、自己紹介と共に震災当時の様子の振り返りを行いました。小泉さんは震災当時、塩竈在住で自宅が津波被害にあい、当時は自宅で釣りができたという話を交えつつ、このブログでも紹介した浦戸諸島の様子と弟さんが浦戸諸島の漁業を復興を目指すために始めたクラウドファンディング「うらと海の子再生プロジェクト」の紹介をしてくれました。このプロジェクトは国内のクラウドファンディングの中でも大きく成功しています。また、仙台でも何度か開催されたHack For Japanのハッカソンでは、継続した開発が行われたプロジェクトの少なさから、継続した町おこしの取り組みとなるよう、Code for Japanと連携し、Code for Shiogamaを立ち上げ、いくつかのイベントや島をハックする島ソンを企画中と話してくれました。震災当時の復旧復興の段階から、塩竈の楽しさを伝え、今以上に多くの人を現地に呼ぶことにつながる活動の段階に移っているという話でした。楽しさを伝えるUST企画など、今後の小泉さんの活動にもご注目ください。


同じく、塩竈で活動されている土見さんの発表では、上述の過去にこのブログで紹介した塩竈の被害を抑えたがゆえに被害が甚大だった浦戸諸島が、震災以前から高齢化を迎えている状況も合わせて、ここで復興につながる活動の実現は他被災地でも良いモデルケースになると考えられています。


震災当時、避難所を巡って塩竈の安否情報をTwitter上で発信していた土見さんに呼応する形で人々が集まり「よみがえれ!塩竈」という団体が立ち上がりました。この団体は塩竈出身者と塩竈在住者で構成されていて「塩竈でがんばる人達を応援する」という目的に沿って各自が「できることを、できる人が、できる範囲で」をテーマに無理のない範囲での活動を行ってきました。直後の安否確認から復旧後は塩竈の特産品の地方販売などを手がけ、現在では塩竈のコミュニティ創出を支援する活動に注力し、地元にゆるい繋がりをもったコミュニティを形成し、地元を見つめ直す機会を作るため、気軽さや楽しさを伝えていくことを目指しているそうです。やはり小泉さんと同様に3年が経ち、緊急度の高いことから、時間をかけて継続した活動をする上で、楽しさや気軽さを活動の中で提供していくという変化が伺えました。


被災写真とITから家族の絆の再認識につながった山元町

仙台会場の最後の発表者は宮城県山元町で被災した写真デジタル化と持ち主への返却を行う「思い出サルベージ」を運営されている溝口さんの発表は、街の半分が津波による水害で人口の4%の人が亡くなるほど被害が甚大だったにも関わらず、メディアで取り上げられることがほとんど無かった山元町の状況をネットの力で伝えたいという想いから、この街との関わりを持ち、予想外のところからこのボランティア活動が始まったということでした。震災当初、パソコンの設置などを行ったがお年寄りも子供も有効に利用することが出来なかった課題があり、パソコンで何がしたいかということをヒアリングして回った時に、津波被害にあった写真のデジタル化の要望が出たことを切っ掛けに思い出サルベージが始まりました。洗浄した写真をデジタル化し、持ち主に返していく過程で溝口さんは写真が被災者にとって切実なニーズだったと気付いたそうです。


津波被害が大きかった山元町では時間の経過にしたがって、被災者の人達の会話が「生きていて良かったね」から「ご遺体が戻ってきて良かったね」そして「写真が戻ってきて良かったね」に変わり、「これでようやく妻の遺影が作れる」といった言葉をかけていただいたこともあったそうです。津波に家を流されてしまった方も多く、自分がどう生きてきたかといったアイデンティティを昔の写真の中に見出したり等、写真が人々の心の拠りどころであることが分かり、写真をITの力を使って返していく中で、顔認識技術がご家族を見つけたり、両親と間違って認識される過程で家族との繋がりを再認識したりなど、ITの力でひとつの写真の意味合いにも広がりが出たそうです。被災地の予想外の出来事の連続に対応していく中で、ITの活用できる領域、やり方に応じて見出せるITの可能性に気付いたとのことでした。


中高生が大人の背中を見てITを学ぶ石巻

おなじく宮城県の石巻会場からは「イトナブ」の代表である古山さんによる発表でした。冒頭、2014年3月11日の震災の時刻に石巻港に鳴り響く哀悼の警笛と共に黙祷を捧げている古山さんの姿の動画から発表が始まりました。あの日を境に夢や希望、家族や友達など多くの想いのつぼみが失われてしまった代わりに、多くの人との出会い、その繋がりを今は大切に、そして太くしていこうと思いを新たにしたとのことでした。イトナブは震災からの復興だけでなく、震災以前の元の石巻に戻したくないという古山さんの思いから、10年後の2021年までに石巻から1000人のIT技術者を輩出することを目標に活動しています。当初、イトナブとは「IT x 学び x イノベーション x 営む」の造語でしたが、参加する子供達が遊びを通して学んでいく様子から最近では「IT x 学び x イノベーション x 営む x 遊ぶ」の造語に変化したそうです。


イトナブの方針は「学び方」に表れていて、教育のカリキュラムや教科書、パソコンなどの機器を用意するだけではダメで、子供達がプロスポーツ選手に憧れを持つように、いかに大人のIT技術者の背中に憧れを持ち、自ずとそうした大人達を目指して学んでいく環境を用意していくかということを常に意識しているとのことでした。


そうした子供達を触発するだけではなく、イトナブに関わる大人達もそうした子供達に触発されていくことが、過去に開催された2回の石巻Hackathonから見えてきているようです。今夏も石巻Hackathonは開催されるとのことで、このブログをご覧の皆さまも大人の背中を見せに、そして、そこから刺激を受けて子供達と共に成長するために、2014年7月25日から27日の予定は空けておき、ぜひ、石巻Hackathonに参加しましょう!


他地域からの発表の様子もおってレポート掲載していきますので、お楽しみに!

仙台の発表(YouTube)

石巻の発表(YouTube)




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